森 鴎外「うたかたの記」現代語意訳版 011 | 鴎外作品(現代語訳)

森 鴎外「うたかたの記」現代語意訳版 011

 巨勢(こせ)は、すっかり話しこんでしまい、言い終わった時は、モンゴル系民族特有の切れ長の目に涙が光っていた。

「よく話してくれたね。」と二、三人が言った。

 エキステルは冷淡に笑いながら聞いていたが、「君らもその絵を見に行け。一週間くらいで巨勢君のアトリエは準備が終わる。」といった。

 マリーは話のなかばから顔色を変え、その目は巨勢の(くちびる)だけを見つめていた。手にした盃は、一度ならず震えていた。

 巨勢はここに来たとき、マリーがすみれ売りの少女に似ていることに驚いたが、自分の話に聞きほれて自分を見つめてくるまなざし。やはりあの時の少女ではないだろうか。あるいは、これも例の空想がなせるしわざだろうか。

 話が終わったとき、少女はしばらく巨勢を見て、「その後、その少女と会ったことは?」と問いかけてきた。

 巨勢はすぐに答えるべき言葉が見つからなかった。「いや。その少女に会ったその日の夕方の汽車でドレスデンに発ったから。しかし、気を悪くしないで聞いて欲しい。思い出の中の少女にも、また自分が描いている「ローレライ」の画にも、そのつど見えてくるのは君なんだ。」