山頭火の「行乞記」昭和5年ー12/5 | 安 明高 の 生 活

安 明高 の 生 活

日頃の気になること と
坂村真民・種田山頭火さんなどの作品を掲載してます

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【南無大師遍照金剛】 * 7

十二月七日 晴、行程四里、二日市町、わたや(三〇・中)

宇佐-25

早く眼は覚めたが――

室は別にして寝たが――

日曜日は殊に朝寝する時雨亭さんに同情して、

九時過ぎまで寝床の中で漫読した、

やうやく起きて、

近傍の大仏さんに参詣して回向する、

多分お釈迦さんだらうと思ふが、

大衆的円満のお姿である、

十一時近くなつて、送られて出立する、

別れてから一時頃まで福岡の盛り場をもう一度散歩する、

かん酒屋に立ち寄つて、

酢牡蠣で一杯やつて、

それでは福岡よ、さよなら!
ぽか/\と小春日和だ、

あまり折れ曲りのない道をこゝまで四里、

酔が醒めて、長かつた、労いた

 

 夕飯をすまして武蔵温泉まで出かけて一浴、

 また一杯やつて寝る。

 朝日かゞやく大仏さまの片頬
 まともに拝んで、まはつて拝む大仏さま
 師走の街のラヂオにもあつまつてゐる


・小春日有縁無縁の墓を洗ふ
 送らるゝぬかるみの街
 おいしいにほひのたゞよふところをさまよふ
 ぬかるみもかはくけふのみち
・近づいてゆく山の紅葉の残つてゐる
・どつかりと腰をおろしたのが土の上で
・三界万霊の石塔傾いてゐる
 ころがつてゐる石の一つは休み石
・酔がさめて埃つぽい道となる
 からだあたゝまる心のしづむ
(武蔵温泉)

 

福岡の中州をぶら/\歩いてゐると、

私はほんたうに時代錯誤的だと思はずにはゐられない、

乞食坊主が何をうろ/\してると

叱られさうな気がする(誰に、――はて誰にだらう)。
すぐれた俳句は――

そのなかの僅かばかりをのぞいて――

その作者の境涯を知らないでは十分に味はへないと思ふ、

前書なしの句といふものはないともいへる、

その前書とはその作者の生活である、

生活といふ前書のない俳句はありえない、

その生活の一部を文字として書き添へたのが、

所謂前書である。

 

(青空文庫作成ファイル)より

 

(続きます)

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆  

 

今日も命を授けていただきありがとう (^-^)

二度とない人生

だから 今日が大事、今日が大切 

今日もいい日でありますように 【合掌】

 

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