テーマ:

因果

原因があって結果がある。

私たちに起こる事象は、すべて偶然を装った必然で起こる。


昨夜のこと。

友人3人と一緒に4人で居酒屋へ。


私は、ひとより生ビールを飲むペースが速かった。

圧倒的に。


「大橋さん、飲むの速いですねぇ〜。」


「はい。でも割り勘ですからねぇ〜。」


なんて冗談を言って歓談していました。

楽しい時間を過ごした。


閉店時、いざお会計。


11,040円だったかな?

ある方が、言いました。

「じゃあ、とりあえず3,000円ずつで。」


出しました。

「割り勘でいいんですかぁ〜(*´-`)」

なんて言いながら。


あら、でも40円出せば1,000円余るなぁ。

で、40円出し合いながら、

「じゃあ、余った1,000円は、あんまり飲んでない人で分けてください。」

なんて言って。

チャンチャンで丸く収まるところだったんです。


そ、そ、その時、


「すみません、一枚伝票が漏れてました。」


(`・ω・´)


伝票を見ると13,400円とな。


えっ?


えっ?


えっ?


⊂((・x・))⊃


ええ、出しましたよ。

追加の1,000円。

わたしが出しました。

ひとより余計に飲んでいるんですからね。


この一連の出来事。


原因があって結果がある。

すべて偶然を装った必然で起こる。


最初に

「それでも割り勘ですからねぇ〜。」

なんて私が言葉を発した時点でこのシナリオは、出来上がっていたのです。


それを言ってなければきっと割り勘のやり直しだったわけです。

きっと(笑)。


奇しくも、この世に起こる事象は、すべて仮象、「空(くう)」であるなんて勉強会の後だったんです。


ある方が言われました。


この状況で誰も怒りの感情ではなくみんな笑っている。

それが面白いですね、と。


そんな東京の夜でした。

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先日、ハウステンボスにて開催致しました。

 

たくさんの方々にお集り頂き感動のなか終えました。

 

看取り士にもたくさんの方に興味をもって頂きました。

 

8月5日岡山県赤磐市にて開催されます。

お近くの方は、ぜひお出かけくださいませ。


「当たり前」という呪縛

テーマ:
心を病んでいるお母さんたち。

ひと世代前、高度経済成長。
母親たちが世に出て働き始めた。

外でも働き家でも働き、妻であり母であり。
何もかも「当たり前」だった。
家のことは女の仕事。
「当たり前」

仕事での疲れを家に持ち帰ることも許されない。
子どもたちはすがってくる。 
旦那は、仕事だと夜のクラブ活動。
息をつく暇もない。
夜なべして子どもの学校の準備。
酔って帰ってきた旦那は、イビキかいて寝てる。
涙が出てくる。

「当たり前」

子どもに何かあればお前の育て方が悪い。
子どもの成績が悪いのもお前が悪い。

家計のやり繰りも大変。
それでも旦那は夜のクラブ活動。

何もかも「当たり前」と言われて終わる。
それが「当たり前」だろうと言われて終わる。

そんな頑張ってばかりのお母さんを見て子どもは。

お母さんの笑顔がない。
いつも何か我慢している。
いつも何かイライラしている。
わたしが何か悪いことしたのかな。
今日も帰らないお父さんの愚痴を言ってる。

わたしがいるばかりにお母さんには我慢させてばかりなの?
いなかったらよかった?

子どもを育てるって…。

「当たり前」の呪縛。

当たり前なんて何ひとつない。

「いつもすまないね、ありがとう。」
たったそれだけでよかった。

それがあれば熟年離婚もなかった。

高度経済成長の社会がそうさせてきた。
だれも悪くない。
社会がそうだった。

その呪縛を解き放て。
すべてを許し愛に転換する。

我慢してやってきた?
我慢してでもやってくれていたんだよ。

あなたがいなければ?
あなたがいてくれるから必死で頑張れたんだよ。

人の心は深いものです。
弱音を吐くことを非とされてきた世代。

すべてを愛に転換できるのは、若い世代。
色々と見せてくれたんだよ。
生き方を。

もう解き放つとき。
そっとそこに置いて。
「当たり前」という呪縛を。

「ありがとう」に包まれて。
まずは、自分が目の前の人を「ありがとう」で包んであげることから始めよう!!
(*´∀`*)