✍️平和の時に本当の愛は生き続ける 2026/10/17
本当の愛とは何でしょう?
大きな愛か?誠実な愛か?
真実の愛か?最後の愛か?
最後の愛というのはどうも私の考えには違うところがあって、最後の恋があっても、最後の愛は何か可哀想な事態が起きている様に思います。例えば、伴侶がもう人生が長くない最期を迎えようとしているとか。大きな愛。私の孫が大きな愛と書くので愛には大きさがあって、愛はどれ位あるの?と尋ねた時に、こーんなに!というそれが大きな愛だと思います。誠実な愛とは?真心を持って相手と向き合っていく愛。愛という漢字は真ん中に心と書くので、真心と言いますね。
芯があって相手への愛がブレない。それが誠実な愛だと思います。真実の愛とは、どちらかと言うと相手の反応を確かめた上で思い解釈する愛が実った!と言う愛を喜ぶのが真実の愛でしょう。
では、悔し涙の愛。負けた時の愛。喧嘩をしても仲良しの愛。動機が不純な愛。
1日しか持たなかった愛。など色々な愛が
では、この5つの愛は愛なのでしょうか。
答えは、はい、愛です。と答えましょう。どれも、劇的ではないですが、友として、戦友として、幼馴染として、ライバル同士として、スポーツの世界でありそうな愛です。愛とは普遍である。そこで私は2ヶ月ほど前に愛の定義を作りました。恋という立場に立って知らなければならない
生まれ授かる愛の事柄
心が全てを招きお互いの生活を一緒に共にする
最終解脱しそして悟りの境地へ達した涅槃 お釈迦さまの入滅冥土へ行ったニルヴァーナの価値観の世界でありこの境地
其れは
お釈迦様が入滅した
後ことニルヴァーナが成し遂げ体得した
仏を深く慕う 純粋で確かな仏を追い求める心
其の悟りの境地を成し遂げる事が 面と面を合わせた時に向き合う 愛する人に対する敬意であり尊敬である 其れがこれからの仏が求めていた愛であり、故人が冥土で智慧としての悟りを開く愛である 男と女の愛を知ろうとする愛は全述した通りである。
愛とは、智慧でも知識でもありません。愛とは人と人の形ある者同士の、関わり合いと、交わり合いです。
そして、その愛は忘れ易く、中々覚えていられないものです。そして、人は愛を記憶だけにはしたくないと願い、愛して愛される運命共同体です。運命を記憶できる者は居るのかも知れませんが、神様の大橋宏紀は、運命は記憶できません。何故なら、地球の運命を変えなければらない時が来るからです。
では、説くことになっている教えですが、私は常に型破りな事を説きます。それは、日本発祥の宗教だからです。平和な中に愛は生まれるから?それは、事実でしょう。しかし、戦場を駆け回りながら愛を語る人は無敵かも知れません。平和だからこそあったのが、戦争の前の記憶に残っている愛です。愛は形を変えます。恋人同士が別れる前は形を変えませんが、不運にも別れた時は女性はもう愛の形が分からない様に形を変えます。愛は普遍的と言いながら形を変えます。それでも女性は愛は普遍的だと言います。良いですか?男性諸君。女性は自分の本当の姿を魅せるのは付き合っている時だけです。でも、魅せるの語源は? 「魅」は、「鬼(おに・幽霊・悪魔)」という文字と、「未(はっきりしない・暗い)」という文字が組み合わさってできています。
そう、「魅」という漢字の成り立ちを紐解くと、実は「悪魔」や「化け物」に深く関係しています。
要は怪しい魔力で人間の心を惑わせ、正気を失わせる(たぶらかす)力を持っています。
はい。わかった様に、女性は彼氏に心を開いていなおのです。但し、その女性は、彼氏以外には心を開きます。
なんでだろうなぁ。不幸せにしているからだと思います。もし、この彼女を幸せにするなら、悪魔みたいな女性でも、金銭的に裕福にしてあげて、何不自由ない暮らしをさせてあげる事でしょう。
要は、おとぎの国のお姫様なんです。
そして、生理が重くて激痛に耐え睡眠をまともにとっていないから、日中も寝ている、
眠れる森の美女という言葉を、小耳に挟みました。
では、この辺りで私の教えを終わりにしょうと思います。
ご清聴ありがとうございました。