10日ほど前に仕入れた情報で、急遽京都へ行く事にした。

それは…
これ。
戊戌の年(今年)は大災厄が起きるらしい 
60年前の戊戌の年には十勝沖地震が起きている。1200年前には…
今から1200年前
大旱魃(かんばつ)で全国に
疫病が蔓延したことに対し
嵯峨天皇は『朕(天皇の自称)の不徳にして
多衆に何の罪かあらん』と
離宮嵯峨院で質素倹約に努められました。
そのおりに、嵯峨天皇が弘法大師空海の
勧めにより、都で流行った大飢饉による
疫病に苦しむ人々の平安を祈り
御写経をされ封印をし
国民の安泰を心から願われました。
嵯峨天皇が紺紙に金泥で
一字三礼の誠を尽くして
般若心経を書写されると
疫病はたちまちに治まり、
大いなる功徳を得られました。
この嵯峨天皇宸翰(しんかん)の
般若心経は霊経と祟められています。
※大覚寺HPより
この、嵯峨天皇の般若心経は60年に一度、寺社関係者にだけ公開されてきたのですが、今年は一般公開されているという…
次の60年後に見るなんてちょっとあり得ないよね 
という訳で、行って来ました大覚寺。

雨の予報だったにもかかわらず、秋晴れの、少し暑いくらいの陽気でした。(半袖Tシャツの人もいた)
嵯峨嵐山駅から歩いて17分。
迷ったりしないのかとちょっと不安だったけど、歩き出したらその心配はなくなった。
何故なら、たくさんの人が大覚寺目指して一斉に歩いていたから 
嵯峨天皇の離宮だったという大覚寺は、広くて建物と建物の間をくねくね曲がった廊下で繋いであり、普通なら迷いそうだけど、今回は(いつも?)一方通行にしてあるので迷う心配はなかった。
このお堂が般若心経が納められている心経殿。
一般公開に合わせて新築されている渡り廊下。
中にある嵯峨天皇直筆の般若心経は、金の墨が劣化で殆ど何を書いてあるのかわからない状態ですが、隣の建物の中に復元されたものが展示してあり、三筆と言われた嵯峨天皇の美しい書体がそのまま復元されていて、見る事が出来ます。
この嵯峨天皇の般若心経は今月末まで公開されているので、興味のある人は行ってみて下さいね。
そして、午後の高速バスで帰るつもりだったので、もう一ヶ所くらい行ってみたい…どこか珍しい所ないか…
と、グーグル先生に聞くと、
蚕の社はどうでしょう〜?
と言うので、行ってみました。
大覚寺の目の前のバス停からバスに乗ること約20分。花園扇野町で降りてさらに歩くこと約7分。
蚕の社または木嶋神社。
正式名称を木嶋坐天照御魂神社。
残念な事に台風21号の影響で、まわりの灯籠が崩れたり社殿そのものも崩れる恐れがあるとかで拝殿の正面しか行けなくなっていたけれど、境内のいたるところで良い香りが漂う神社でした。
そして、社殿の横にあるこの…
三角鳥居。
滅多に見る事がない不思議な鳥居です。
今回奈良、大阪、京都と5日間よく歩きました。しかも3ヶ所のホテルに泊まった(後から決めたので同じホテルが取れなかった)ので、その度にパンパンのリュックを背負って重いキャリーバッグを転がしながらの移動だったので、結構大変だったけど楽しい5日間でした。










