S子さんのこと | おはなしDecoBee♪公式ブログ

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「よく来てくださいましたねぇ、お忙しいのに、申し訳ないです・・・」


初対面の私たちを、S子さんは、涙ぐみながら出迎えてくれたのだ。


「S子さんはね、震災にあってから、涙腺がこわれちゃったの。
おはようと言っては泣き、おやすみと言っては泣き、
とにかく、つい最近まで、四六時中ずっと泣いていたの。」


震災直後から、被災者に寄り添って活動をしてきたヨッシーさんが、


以来、友となったS子さんを見つめる眼差しの深さに胸が熱くなる。

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「加須の避難所に、双葉町の友達がいるから、会いにいきましょう」


チャリティーライヴの準備をどうしていったらよいのか、


考えあぐねていた矢先に出会ったヨッシーさんから


間もなく、そんなありがたい提案をしていただいて、


私たちおはなしDecoBee♪の面々は、ヨッシーさんのお友達である


S子さんを訪ねる機会を頂いたのである。


埼玉県加須市にある避難所のそば、


S子さんが働いている食堂でおいしいランチを頂いたあと


S子さんは、"お宅"に案内してくださった。


元、高校の校舎であった大きな建物の玄関を入ると


受付窓の奥には、双葉町役場のオフィス。


すーすーすきま風の底冷えのする廊下を、S子さんに導かれるままに進むと


大きな段ボールのボックス型のものが、等間隔に置かれている。


「女性用の更衣室なのよ。」


日常の生活の中で、ここの人々は、自室ではなく、この小さな箱の中で着替えるのである。


やがて、階段をいくつか上がり、S子さんの部屋に到着。


がらがらがらとその教室の戸を開けると、かつてはいくつかの生徒用の


机と椅子で埋め尽くされていたであろう"教室"の空間に


衣類、最小限の家財道具、低い引き出し棚などで仕切られた、


三世帯の"お宅"を見渡したのである。ここには、三軒の家庭が


丸裸にされて、並べ晒されているのである。


幸い、他のご家族はお留守だったので、私たちは、恐る恐るスリッパを脱ぎ


"S子さんち"であるスペースにお邪魔する。


「茶碗がないから、お茶も出せなくて、申し訳ないねぇ。」


一家の主婦が、面目なさそうに笑う。


夜になれば、旦那さんも帰ってきて、一日の疲れを癒すはずの家庭は


荷物の垣根で仕切られた、あまりに明け透けな、仮の住まいのまま


二年を数えているのである。


個人の、プライベートの、


そんな言葉が意味を成さないその生活空間を見て


私は息を飲んだまま止まっている。


なぜだろう?


なぜ、未だに、この、"仮の状態"は、つづいているのだろう?


人の尊厳を蔑ろにされた、この現状は、なぜ、修復されないのだろう?


「お茶を飲もう!下にカフェがあるから!」


ひととき、お宅で過ごしたあと、私たちは、談話室に案内される。


そこは、避難所の方々の憩いの場であり、はたまた、


病院でいうなら面会室のようなエリアで


来訪者をもてなす場所でもあるんである。


無料で振る舞われたコーヒーを、どこで頂くコーヒーよりも


心して、しかと味わう。


仕事から帰ったら必ず飲むのだというココアを


美味しそうに啜るS子さんの隣で


もう少しこうしていたくて、厚かましくもコーヒーをお代わりする。


「申し訳ないねぇ」


口癖のように、なにかにつけて、S子さんは謝り、謙遜する。


なんで?なんでS子さんが謝るの?


申し訳ないのはわたしの方なのだ。


いかな、友人ヨッシーさんの連れとはいえ、何者かもわからぬ初対面の私たちに


彼女は、「避難所の今」をありのままに見せ、率直に語り、教えてくれたのだ。


自分が躍起になって守り拘る自尊心やプライドや面目など、


彼女の寛容と謙遜の前に、なんと小さいことかと、恥じ入ってしまう。


このような状況に暮らすことが、平気であるわけながないのに


彼女は、気丈にも、冗談を飛ばして、神妙な面持ちで固まる私たちに


温かなお湯のような心をかけてほぐしてくれるのである。


何もかも失って、なお、まだ与えようとしてくれるS子さんを


私は、人として、心から尊敬するのだ。


こんな、尊い心の働きは、今までに見も聞きもしたことのない


あの厳しい状況の中に、強い光をさしているのだ。


「被災者の方」に会いに行く、という穿った目的は大きくはずれ、


私は、S子さんという、素晴らしい人生の先輩に出会ったのである。


その人の心に出会わなければ、それは、出会いとは言わないのだ。


帰宅してから、しばらくは、ものも言えず、


忘れないようにその日のうちに書き留めておきたくても


呆然として、言葉が一言も出てこなかった。


そして、二日あけた今、やっと、S子さんの笑顔と、涙を思いだし


その心の奥を思って涙腺が開くと同時に、言葉が一緒に少しずつ


流れ出してきたのだ。


             Bee