これから、旅のお話の続きをします。


ロンドンからバスに乗って、エジンバラへ一路北上。

エジンバラのユースホステルに到着。
(ここの食事がたいへん美味しかったのをおぼえています。ミンスパイもここで初めて食べました。)

ここは、田舎の友達が過去に語学留学していた場所だったので、同じ土地を踏んでみたかったのです。


世界的にも有名な音楽祭があることで有名ですね。


城跡があって、公園を散歩しました。
老人達がひなたぼっこをしていて、野生のリスも初めてここで見ました。


ここでは、ユースで知り合ったドイツ人女性と一緒でした。
何を話したかは忘れましたが、それ以後、行く先々で私はドイツ人と行動を共にする事が多かったです。

国民性が似ているというか、何となく相性が合う人が多かったのです。
それと、ドイツ人の話す英語が一番聞きとりやすかったというのがあります。


当初、エジンバラ~ グラスゴー~ ニューキャッスル~ベルゲン(ノルーウェー) へ移動する計画でした。

ニューキャッスルへ行く理由は、ノルーウェーへ向かう豪華客船への乗船の為です。
(この豪華客船はユーレイルパスが使えましたので、貧乏旅行者にとっては一大イベントでした。イギリスとスイスの鉄道に限っては、このパスが使えなかったと記憶してます。ですから、イギリスではほとんど移動はバスでした。)

しかし、地球の歩き方に書かれたニューキャッスルの乗船手続きの事務所に向かったところ、衝撃の事実が。

「今日は、船出る日じゃないよ!」って。
まじですか?


ガビーーーーン!!!
どうすりゃ、良いのさ、この私~。
イギリス滞在の1ケ月ビザが、今日で切れるんだよーーーー!!!
何とかならんかえ?
泳いでフランスへ渡れとでも言うの?


非常に困った顔をして、拙い英語で必死に今日中に出国できる便はあるか?と聞きました。


そしたら、
「君に残された道は唯一つ。これしか無い!」と言われた方法が・・・・。


「アイルランドのダブリンへ向かうんだ!今から1時間後に出発となる。さあ、ここで切符を買って!今なら間に合う!」


そして、私は機上の人となりました。


アイルランドの首都ダブリンは、ちょっとロンドンと比較すると、活気に欠けていました。


日本の一地方都市と言う感じです。


到着した日は、マクドナルドでハンバーガーを食べて一段落。


しかし、ここで私は又も大失態。
両替を忘れておりまして、銀行が閉まってしまい、土曜と日曜を本当にわずかなお金で過ごさねばならなくなりました。


例えていうなら、1日似使える食費が300円くらいしか無い!
ユースホステルに払うお金を除いたら本当にわずかしか無く、惨めな2日間でした。


しかし、この国はユーレイルユースパス利用可能の初めてのお国です。


じゃんじゃん乗って、見聞を広げようじゃないかと、そこで気分を盛り立てるしかありません。


言葉に関しては、アイルランドはなまりの強い英語を話すと言う事ですが、リスニングがほとんど出来なかったので、違いは全くわかりません。


アイルランドでの思い出といえば、非常に乏しい記憶しか残っていません。


朝食に寄った可愛い喫茶店に居たイケメンおにいさんとおばさんが非常にフレンドリーだった事。


田舎のユースホステルで安い所を予約して行ってみると、非常に粗末なベッドが置かれた民家だった事。
そこでは、食事が出なかったので、自炊になるのに食材も持たずでした。
後から到着した3人の共同自炊を羨ましげにみながら、空腹に耐えた思い出があります。


時々は、ベッド&ブレックファストで泊まったんですが、どの宿も大変かわいらしいインテリアで、朝食も大変美味しくて良かった事。
下着を干していたランプの火で、パンツが焦げたのも良い思い出です。


その後、アイルランドから多分、フランスに移動しましたね。スペインか?


ちょっと、ここからは時期が前後することもありますが、旅での出会い、アクシデント等書いていこうと思います。


まずは、フランスのパリの地下鉄で。


フランス語しか書いてない地下鉄の路線図が分からず、茫然としました。


朝のラッシュアワーの時間帯だったと思いますが、行きかう人に英語で声をかけてもフランス語しか返ってきません。


切符の買い方も分からず、「切符はどこで買えますか?」と聞くと、金髪おかっぱの若い会社員風の女性が回数券のような物を1枚くれました。


貰うのも気が引けるので、「お金を払います!」と言うと、「良いのよ!」って言って早々に立ち去っていきました。


又、ベルサイユ宮殿に行こうと電車のキップ売り場を探していたら、親切な若者が近寄ってきて色々教えてくれました。
その後で「僕はお金が無いので、恵んでほしい。」とお願いされてビックリ。
結局、恵みませんでした。


電車の中で前に座っている女性が、川端康成の「山の音」という小説を読んでいたので、「日本人ですか?」と声を掛けてみました。


そしたら、「いいえ、私は韓国人です。」と言われ、驚きました。


話してみると非常に日本語が堪能で、
「この本のタイトルは、やまのね ですか? それとも、やまのおと ですか?」
と質問され、答えに窮しました。


ユースで知り合ったカナダ人女性と一緒にパリ地下鉄構内を歩いている時に、突然彼女が大声で
「Hey!You!」って叫びました。

驚いて、線路を挟んだ向こう側を見てみると、まだ小学生くらいの年齢のシプシーの兄妹が、今まさに通行人のバッグをひったくろうとしているところです。
彼女は、被害が出ないように注意喚起を促していたのでした。

ジプシーの子供達は街中でも結構見かけました。

そう言えば、このカナダ人女性はまだ23歳くらいで、パリでバイトして少々お金を貯めて旅行費用の足しにすると言っていたと思います。

ショートカットでボーイッシュ、白人のかなり美人で、背もスラーっと高くてモデルさんみたいな人でした。

そして、とてもフレンドリーでした。
(そういえば、カナダとNZは嫌な思い出はほとんどないなあ・・・)


彼女と一緒にエッフェル塔にエレベーターで上がった時、白人の髭を生やした若い父親と黒人の奥さんと生まれたての赤ちゃんが一緒だった事を覚えています。
彼女が「So,cute!」って話しかけて、そこから赤ちゃんを中心に和やかな雰囲気になりました。


彼女と話すと言ってもそれほどボキャブラリーがたくさんあるわけじゃないので、知ってる単語を第3文型に当てはめるくらいです。
第2文型だけで完了という事もシバシバなんですけどね。


今でも印象に残っているのは、私が彼女に広島の話をした時の事です。
(私は広島の原爆記念館の近くに住んでいた事もあります)


「日本へ行くなら、広島の原爆記念館に行ってください。

そこで、記録映画が見れます。

私が見たドキュメンタリーには、被ばくした姉弟が二人出てきました。

年齢は、多分5歳と7歳くらい。

弟のほうがカメラマンに向かって

「僕達姉弟は、もうすぐ死ぬから、記録に残して下さい。」って言うのです。」


そこまで言ったら、彼女が涙ぐんでいました。


英語がもっともっと話せたら良いのになぁ・・・・・ってその時心から強く思いました。


今日は、この辺で。