<コラム>技術移転と言語

日本の技術協力は、鶏の雌雄の鑑別から始まったといわれる。そのころの協力は「ライク・ジス」協力だといわれ、英語より、こうしろ、ああしろ、で行けばいいとされていた。Like this でいいとされていたのであるが、最近は英語は当然であり、必要に応じて現地語も必要だという時代になった。教える内容が、手先の技術でなく、知識になったからだ。

 

<コラム> 英語のレベル

先輩が教えてくれた。英語が喋れるといっても、50人以上集まる会議や10人ほどの会合の議長ができるか。二人だけの会話には不自由はなくても、50人以上の会議の司会は難しい。会議の要約を作り、報告するのは、さらに難しい。どの段階での英語ができるかを、自分で判断すべきである。英語ができるといっても、段階がある。「こんにちは」と言える程度で、日本語出来ますと発言する人は意外に多い。

 

実戦のおかげでどうやら会議の出席に躊躇しなくなった。セミナー出席もあったし、JICAの研修で週1回の英語での連続講義をすることもあった。10年近くも続けたこの講義では、まず、マイクを捨て、教壇から降りる。檻の中のトラのごとく、教室を歩き回りながら、教室にいる人々と目を合わせながら講義する。通勤の電車の中は、テーマ探しの時間になった。いつの間にか、技術移転に英語はマストであるという時代になった。