パタヤからのニュース

NESDB 主催の-National Seminar on Eastern seaboard Development polices  and Strategiesが開催されてから、タイの新聞はパタヤ・セミナーのニュースでうまっていた。新聞は、会議資料の要約だけでなく、討議内容、さらにはいくつかのエビソードも、伝えようとしていた。大規模な会議であった。NESDBをはじめとするタイの関係各省庁、学者、民間企業、そして国際機関、外交団も顔をみせていた、約200名が参集していた。

 

計画には、チヨン・ブリ、サタヒップそれにラヨンを結ぶ3角形の中に、一大臨海工業地帯を作りあげようとする、夢がもられていた。会議は、夢を現実にするための方法をまさぐろうとして開かれた。新聞がとびついたのは当然であった。セミナーの土台となったのは7巻にのぼる英国のコンサルタント会社による報告書であった。全部で1,000頁にも及ぶ報告である。パタヤ・セミナーは報告作成者からの報告の後、コメンテーターによるコメントと一般参加者からの質疑という形でおこなわれた。

 

この報告にある構想を、実現不可能として、否定することは決して難しくはない。しかし、工業化の推進は、タイの多くの人々の期待である。東部臨海工業地帯計画は、たんなる夢に終らせてはならないものであろう。報告書を否定することは容易である。むしろ実現可能な青写真をどう書くかであり、そのために我々が何をなしうるかを考えることではなかろうか。

 

以下にみる通り、報告には多くの問題が含まれているが、この報告はスタート・ラインでしかない。この報告に魂を入れるのはこれからである。東部臨海工業地帯構想の実現のために、日本の大きな貢献が期待されている。港と工業を結びつけてきた日本の経験に学ぼうとしている。パタヤにいて、バンコクから逆流するニュースを読むセミナー参加者の顔は、にこやかだったが、工業化への途の遠さは、彼らほとんどすべてが知っていた。次に、何をすべきか。それはタイの人々に対する問いであるが、同時に、日本の役割への問いかけではないだろうか。

 

なぜ東部臨海工業地帯か

東部臨海工業地帯の開発は、2つの目的をもっている。第1は、バンコクの過密をやわらげることである。バンコクの混雑は世界有数のものであるといわれている。幹線道路が少なく、それぞれの間を結ぶべき道がない。公共輸送機関が発達していない。多くの理由があろうが、バンコクの過密は物流コストの上昇となり、新たな投資を控えさせてしまう。政治・経済・文化あらゆるものの中心がバンコクに集中し、その他の都市、その他のタイとの差は著しい。

バンコクのさらなる過密をおしとどめるには、経済活動の他地域への分散しかない。さらに重要な視点があった。東北との結びつきである。 よく知られているように、東北地方はタイの中でも最も開発が遅れているところである。もし、東部と東北を結びつけることができたら、事態は大きく改善する。バンコクからパタヤまで約130 Km、もっと遠いラヨンまで約200Km、バンコクと東部の結びつきは、東部と東北を結びつけ、タイに新たな開発拠点を作ることになる。バンコクの過密対策は、東北の過疎対策とも読み直せるのである。

 

東部開発の第2の理由は、もちろん工業化である。1950年代からの工業化は、たしかにそれなりの効果をあげた。二つの側面があった。一つは、シャム湾で商業生産されるようになった天然ガスの利用である。マプ・タ・プットにガス分離プラント、石油化学などを作ることが計画された。もうひとつは、輸出指向型産業の発展である。これまでの工業化は、所詮は輸入代替産業にとどまるものであった。今後タイが世界経済の激変のなかで生きていくためには、輸出産業を中心とする工業化が是非とも必要である。タイにおけるシリコーン・バレーを築きあげるためにも、次の世代のタイ経済に対するスプリング・ボードを作ることになるであろう。こうした問題意識は、港の拡充計画に結びつく。バンコクのクロントイ港はすでに老朽化しており、コンテナ能力にも限界がある。バンコクから、さして遠くない場所に、生産工場に隣接した深海港を築く。工業団地と港の総合的開発の夢につながる。

 

タイは農業国として生きてきた。食料の純輸出国であり、農産物輸出の増大がタイの国際収支を支え続けてきた。しかし、国際市況の高低で、一喜一憂しなければならなかったし、経済成長も天候に左右されざるを得なかった。為政者が、こうした事態を何とかして改善したいという望みをもっていたことは否定できない。その望みが、天然ガスの発見と商業化成功という現実によって、東部臨海工業地帯の夢をふくれあがらせた。提示された報告書には、多くの問題があることは事実であるが、タイにとっては大切な夢である。報告書は、多くの企業家がこの計画に否定的であるとしている。タイへの貢献を考えて進出したなら、いかに実現可能な計画にするかを考えることが企業家の役目ではないだろうか。

 

企業家のコメント

コンサルタントは民間企業60社忙対して簡単なサーベイを行なった。報告書は、調査対象となった企業家の多くは、バンコク周辺以外の地に立地することに、強い抵抗を感じ、工業再配置という政策が直ちにその効果をもつとは考えないと、たネガティブな見解を有しているという。その理由として報告書は5つをあげている。

 

1は、インフラストラクチャーの整備が進むとは思えない、という点である。現在の東部臨海におけるインフラストラクチャーは不備であり、それを前提するなら、東部臨海に立地することは難しい。政府の行政能力に対する疑問でもあるが、社会資本の充実が直ちに進行するとは思えない。第2は、技能労働者を十分確保し得るか、という点である。もちろん労働者は求められるであろうが、技能を持つ労働者を求めるにはバンコクの方が圧倒的に有利であるという。第3は、企業活動を支えるサービスは十分か、という疑問である。修理や保守サービスを供給する関連業が存在しないし、金融機関さえもない。サービスの不足は、進出意欲を減殺する。