ドリームでの本番後、帰宅。眉太がお昼寝を始めました。
私も横で携帯を見ながらゴロゴロ。
facebookを見ると何やらメッセージが。
元職場の事務局の方からで、私の大好きな団員さんの訃報を知らせるメッセージでした。
最初、メッセージを見ても何だか頭に入ってこなくて、再度読み直すと「逝去」という文字が入っていて。
その言葉が脳に届いた途端、心臓を掴まれるような感覚に襲われました。
10月にお話したばかりなのに…なぜ。
実は、以前所属していたオケが10月に名古屋の学校公演に来ていて、私と眉太は特別に演奏を聞かせていただきました。
彼女はその時も笑顔で演奏されていて、合間には息子も紹介出来、楽しくお話できました。
その後に「会えて嬉しかったよ」というメールを頂いたのが最後でした。
彼女は、私にとっては札響の母ちゃんのようでした。
キタラの楽屋は2人で使っていました。旅の仕事もご一緒しました。
未熟者の私をいつも気にかけてくださり、遠くから見守ってくださり、それは退団後も変わりませんでした。
私は彼女に何が出来ただろう。
彼女が最初に病気のことを話してくださった時も、「この人は大丈夫」と妙な自信があって、淡々と話を聞いていました。
色々な思いが頭を巡ります。
とにかくお別れを言わなければ。
寝起きでグズグズの眉太を横に、飛行機とホテルの手配。
たちの悪い冗談なら良いのに、と願いつつ、わぁっと用意し、眉太を連れて札幌に飛びました。
私も横で携帯を見ながらゴロゴロ。
facebookを見ると何やらメッセージが。
元職場の事務局の方からで、私の大好きな団員さんの訃報を知らせるメッセージでした。
最初、メッセージを見ても何だか頭に入ってこなくて、再度読み直すと「逝去」という文字が入っていて。
その言葉が脳に届いた途端、心臓を掴まれるような感覚に襲われました。
10月にお話したばかりなのに…なぜ。
実は、以前所属していたオケが10月に名古屋の学校公演に来ていて、私と眉太は特別に演奏を聞かせていただきました。
彼女はその時も笑顔で演奏されていて、合間には息子も紹介出来、楽しくお話できました。
その後に「会えて嬉しかったよ」というメールを頂いたのが最後でした。
彼女は、私にとっては札響の母ちゃんのようでした。
キタラの楽屋は2人で使っていました。旅の仕事もご一緒しました。
未熟者の私をいつも気にかけてくださり、遠くから見守ってくださり、それは退団後も変わりませんでした。
私は彼女に何が出来ただろう。
彼女が最初に病気のことを話してくださった時も、「この人は大丈夫」と妙な自信があって、淡々と話を聞いていました。
色々な思いが頭を巡ります。
とにかくお別れを言わなければ。
寝起きでグズグズの眉太を横に、飛行機とホテルの手配。
たちの悪い冗談なら良いのに、と願いつつ、わぁっと用意し、眉太を連れて札幌に飛びました。