意地汚い私は悪友たちが食事に誘ってくれた際、デートとか、週二回の野良ネコ集会とか、お子ちゃまと遊ぶ約束とか、それらがない限りまず断る事がない。
私の友人どもは無駄に金を持ち、且つ金の上手い使い途を知らない気の毒な子が多いから、この私の山より高く海より深い慈愛と慈悲と奉仕の精神によって此れに協力指導するのである。
漏れ伝わる処では、その友人どもから無邪気な悪魔と呼ばれている私、食事に誘われ、うどん一杯で済ませるような不見識と非常識は持ち合わせていないのだ。

フレンチやイタリアンのコースにしろ、或いは会席料理にしろ、趣向を凝らした一皿一碗が順に出てくるのは大変にわくわくする。
会席の最後に留椀と御飯とそして香の物が出てくると、一抹の寂しさを思いながら裏腹にも何故かしら安心する。
目に馴染んだ、炊き込みご飯なり、白米なりの一粒一粒、ふわっと香る味噌汁の湯気、そして漬物。
普段見知ったあの子たちが料亭と言う檜舞台で、どのような輝きを見せるのか、私はいつも子を見守るような心持ちで留椀の舞台に臨むのである。
中でも、香の物を侮ってはならない、たかが漬物と言うなかれ。話題となっている料亭、割烹でも、香の物に既製品の味がする店が少数ある。つまり、調味料漬の味がするのだ。大根やら茄子やら胡瓜やら、素材の味より調味料の味が勝っている、だから大根であろうが、胡瓜であろうが、味が一本調子で歯応え以外はどれもけじめがつかない似非漬物である。
残念な事に、京都市中の名が知れた漬物店でもそのような商品が少なくない。自らの名を冠するのに、品物を集金媒体としか思っていないのだろうか、恥ずかしくないのか、まさに下郎の商いである。
とまれ、会席の最後でそのような香の物が出されると大変に興醒めである。それどころか、そこに至るまでの精魂込めたであろう料理の一品一品が脳裏から去ってしまうほどなのだ。
糠漬けにしろ、浅漬けにしろ、麹漬けにしろ、適切に製造されたそれは、艷やかな御飯と合わさるときに得も言われぬ味と香りと食感を作りだす。
私などは会席の最後を炊き込みご飯ではなく、敢えて白米御飯を所望する時すらある。きちんとした漬物を出す店と心得ているから、それができるのである。

昨今は洋風漬物、いわゆるピクルスの代用として日本の漬物を使用する事もあるらしい。
誓って私は久世福商店の回し者ではないのだが、こちらの「いぶりがっこタルタルソース」は悔しいけれど既製品のくせになかなか良い味をしている。
いぶりがっこの仄かな燻臭と細かなパリパリ食感が良いアクセントになってそこへ酢の酸味が程よく調和して食欲を増す。
フライに合わせて良し、サラダに用いても良いし、更にはムニエルに合わせても良いと思う。
「既製品」と言うのは、幼少より祖母から料理の薫陶を受けて来た私としては敗北感が強い。そこで、既製品でないオリジナル漬物タルタルソースを作ろうと思い立ち、たくあん、柴漬け、すぐき漬け、千枚漬けなどを持ち寄り研究する事とした。
なんせ、いぶりがっこが日常的に手に入らない状態であるから、日常的に手に入るもので美味しいタルタルソースを作ろうと言う試みである。
まず、たくあんタルタルソース、これは悪くない。悪くないけれど、いぶりがっこのように身が締まっていないし、何よりあの燻臭がない、いぶりがっこほどには個性的でないから50点。
次は柴漬け、これはかなり良い。やや大きめに刻むのがコツであろうか、タルタルの中にはふわりと赤紫蘇の香りがするし食感も良い、何より薄紫色のタルタルソースになって可愛らしい。90点。
すぐき漬け、これはいけない。お話にならない。すぐき漬け特有の風味ある酸味が失われているし、食感もシナシナでいけない。20点。
千枚漬け、これも微妙である。この場合は千枚漬けの薄さが仇となる。口中にあってもあまり主張をしないし、味わいの点でもマヨネーズの強さに負けている。30点。
今回のオーディションで勝ち残ったのは柴漬けタルタルソースである。これはよろしい。
皆様も機会があれば是非とも作って欲しい…と、ふと調べてみたらば、ちゃんと既製品があるではないか。やや敗北感はあるものの手作りタルタルソースはまた別格である、以後も研究の幅を広げたいものだ。

京都では師走を迎える頃、京芹が店頭に並び始める。シャキシャキした食感と何よりその香りが素晴らしい。私はこの時期、お味噌汁の中に刻んだ京せりを入れるのが好きだ。
寒い時期、ある程度行き慣れた料亭ならば、留椀の時にこの京せりを散らして貰うし、気の利いた店ならば次回から何も言わずともそのような体にして供してくれる。
良い店、とはこのような店を言う。自分にとって良い店であるか、そうでないか、お店の評価とはそれに尽きるのだ。人の評価を自分の評価としてはいけない。フランスのタイヤ屋さんが発行するガイドも参考にはなっても絶対ではない。
供されるものの値段に関係なく、自らのガイドを作り上げたいものだ。件のそのお店に星がついているかいないか、私は知らないし興味もない。
星がついていればタイヤ屋さんの回し者と私の好みが一致したと言うだけである。

これから秋になる。美味しい食材が身をよじるように私を蠱惑する。
友よ、豊かな秋は君らにかかってるのだ。

連絡を待つ…

ふふ