前回の戦いの余熱が冷めぬうちに、またしても村の平穏が破られた。
聞けば畑のほど近くで、ばあちゃんが威嚇され、また畑の作物の一部が荒らされたのだ。
おのれ猿どもよ『この間に遺恨覚えたるか』もはや堪忍相成らん、私は陣触れの法螺貝を吹くのだ。
外国にあって猿は『おさるのジョージ』なるアニメにもなっておるのに、どうしてこの山のお前らはそうなのか、やり方次第でアニメにもスターにもなれるのに、何故私に手を焼かせるのか、おまえらはジョージの事を見習うべきなのだ。

当然ながらも相棒は柴犬のゴロー(♂5歳)である。
今回の契約更改に際し前回と同じくトップバリュー・タスマニア・アンガス牛赤身200gミディアムレアに加えて、気絶しそうなくらいとろけるブラッシング回数券5枚を加え合意に至った。
契約書には私のサインとゴローの肉球スタンプが押してある。
私の足元を見て、だんだん交渉上手になってゆくゴロー。だんだん世間と言うものに擦れてゆく君を見るのはつらい。まるで夏休みを境に派手に変わってしまったあの娘のようだ。
ゴローよ、もともと茶髪だけれど耳ピアスや鼻ピアスとかはやめてな、業務に支障が出てしまうやろ…
猿にチャラい奴とか言われたら仕事にならへんで…

男と一匹、勇者の出陣だ。
「あなたお願い行かないで」
「えぇぃ、離せ!」
前回とは違う美女の手を振り払い男は出立し、ゴローはすがりつく♀犬の脚を振り払いながら男にリードを託す。
時は来たれり。今回は甲州流兵法に倣い、猿どもを待ち伏せする作戦である。過日荒らした畑から一番近い農機具小屋にゴローと共に身を潜め、やがて猿どもが現れ数が揃ったと見るや一気呵成に攻めたてるのである。無論、農機具小屋では気配を殺し、私たちの存在を毛の先ほども勘付かれてはならぬ。
このスリルとサスペンス、船越さんに伝えたい、地味な山中にあってもドラマは成立するのだ。断崖だけがドラマに非ず、奴らは雨の間隙を突いて畑を荒らすに違いない。十分に敵を引き付けてゴローを突撃させる、この時ロケット弾やエアピストルなどを使う地域もあるようだが、私どもとしては飛び道具は使いたくない、あくまでも古式にのっとり正攻法で行くのが、もののふの道である。
猿とは申せ相手も一角の者、犬槍の如き飛び道具を用いては余人の誹りを免れぬ、甲州流兵法の真髄、此処に極まれり。
農機具小屋の一人と一匹、ゴローは戸の僅かな隙間から山を凝視している、私はと言えば区長に向けてこの様子をライヴ中継をする……極限にまで高まる緊張、ゴローが鼻先をピクリと動かす、ついに奴らが来た。

まず先遣隊と思しき二匹が畑に入り作物を物色し始めた。時を経ずしてその様子を見て安心したのか後から5匹ばかりが畑に入った。
今だゴローGO!
扉を開けると同時に脱兎よりもまだ速く畑に突撃するゴロー、猿どもはパニックになり四散するが、ゴローは一番大きな猿に狙いを定め執拗に山中へ追う。私も奇声を発しながら追うのだが、買ったばかりのミドリ安全長靴が水を吸った畑にめり込んで自由がままならない、キーッキーッと悲鳴にも似た鳴き声が山中にこだまし、ゴローの首輪に付けた鈴の音が遠くから聞こえる。
散っていった残党猿はもうすでにいない、互いの統率がとれないまま、山中で散り散りになっているのであろう。
時は良し。私はゴローを呼ぶ
「ゴロー、もういいぞーおいでー」
高らかに響く鈴の音、やがて泥だらけのゴローが現れた。多少心配ではあったがケガはないようだ。
いつものようにゴローをワシワシしてやる。実に頼もしくかわゆい奴だ。
もうあまりの手際の良さとカッコ良さに今夜一緒に寝てもいいかな、って思っちゃう…♡

集落に静寂と平穏が訪れた。いつものようにゴローをぬるま湯と特製ブラシ、ティートゥリーシャンプーで洗い丹念にドライヤーをかけ、例によって約束の報酬トップバリュー・タスマニア・アンガス牛赤身200gミディアムレアをサイコロ状にしてご飯ボウルに入れてやる。
今日はおあずけなんて野暮な事はしない、心ゆくまで味わってくれゴロー、今日はお疲れ様。
おそらく、また暫くは畑を猿に荒らされる事はないであろうが、猿が群れ単位で行動する以上この先また別の群れが現れぬとも限らない、油断はできないのだ。
聞けば川中島の戦いは5回にも及んだと言う、私たちと猿どもとの戦いはまだ2回。猿どもよ、私とゴローがいる限りおのれらの好き勝手にはさせぬぞ。

夕闇が集落を包み込む、一時間前の激闘がまるで記憶から消されてしまったかのように、山々は静寂に満ちている。地に滲みた雨が暑さにこらえ切れず、半透明の薄霧となって山の端の模様を描き出し、既に黒い山塊となった山の中腹と黒白の対比を成している。
山向こうで猿どもが怨嗟の声を発しても私たちには届かない。
落ち武者狩りは詮無き事。この地より離れ、おのれらの地を巡るが良い。此処は我等の地、おのれらが此地を蹂躙するならば、容赦なく成敗いたす。

ミドリ安全長靴(白)を洗いつつ、遠望する山々を見ながら私はそう誓った。

ゴローは寝ている……