日のもとにカタシあり。私の武勇は高く轟いている。私のブログ絵巻『出町の陣』で記されるように、あの戦陣での死闘は長く人々の脳裏に留められ、私は摩利支天の化身であると遠く唐国にまで武名は鳴り響いた。
あの激闘から幾春秋を経たろうか。漢は再び戦陣に身を投ずる、今日だけはジェンダーも多様性もへったくれもない、私は男になるのだ、今日は誉れ高き男の日なのだ。
「あなた、いかないで」
すがりつく美女の手を振り払い、サムライはいくさに赴く
「許せ、いかねばならぬ、いかねばならぬのだ」
背に、か弱い嗚咽を背負い、胸に涙のシミをはためかせ、名馬、生月・磨墨と並び称せられる名犬柴犬ゴローを伴ってこの難局に己の武運を問うのだ。

此度のいくさの相手は猿どもである。山の奥に巣くい、山里に下りて作物を荒らし、あまつさえ年老いた者たちを脅かし、幼き者たちに害を為さんとする、徒党を組む荒くれ者たちである。
そして相棒の柴犬ゴローとはトップバリュー・タスマニア・アンガス牛赤身200gミディアムレアで手を打ってある。このいくさの報酬であるのみならず、日頃の彼の友情に対する私の気持ちである。
イノシシ、鹿、イタチなどが夜に出没して、畑を荒らし、鶏を襲うのに対して猿は陽のある間に山里に下りて来る。
当然ながら、山際の畑を中心に被害を受けるのだが、畑にいるのがお年寄りだと見れば、数匹が山を下り、その人を威嚇し時に噛みつく事すらある。
私と柴犬ゴローはその周辺を戦場に定めて区長宅から出陣した。
リード粛々昼小川ヲ渡ル
頼山陽の漢詩が脳裏をよぎる。柴犬ゴローも興奮気味だ。
柴犬ゴローは狩猟犬としての血を覚醒させている。You Tubeで見るかわゆいあの子たちも悪くはないが、ゴローの勇姿もまた良いものだ。唯一の不安は柴犬の習性として、自分より上位の者以外の命令はきかない事だ。つまり、この戦には私と柴犬ゴローとの関係性が勝敗を握っている。
幸い、彼とある程度のコミュニケーションは取れているが、いざ、いくさの中の興奮状態でどの程度私の采配に従うかは未知数なのだ。
例の畑の間近に陣を張る私たち、猿どもの姿は見えないが、柴犬ゴローは明らかに気配を感じている。
山の方を凝視し、鼻息も荒い。リードを切れと言わんばかりに「くぅーん、くぅーん」と鳴き前脚で土を掻く。
まだだ、ゴローよ、今その時ではない、逸るな。
姿こそ見えないものの、山の上には何かいる、鳥のさえずりに混ざり、カサカサと音がした。
「よし、いけ、ゴロー!」
私はリードを離した。猛然と山上に駆け上がるゴロー、めっちゃカッコいいぜ。
ゴローの足音とは別の音が移動しているのが分かる、明らかに何かいたのだ。
しかし、何か分からない以上深追いさせるのは危険である。それがイノシシであった場合、犬が襲われる事もあるし、悪くすれば命を落とす。
そもそもこの場所に犬がいる事を相手に分からせるだけで目的は達している。ここはゴローを退かせるべきなのだ。
「ゴロー、おいでー!」
「ゴロー!」
私は大声で何度も呼ばう、やがてガサガサ音がして木の実をたくさんつけたゴローが尻尾を振りながら帰ってきた。
ゴロー、めっちゃかわいいやんか、よしよしおいで良い子や、私は頭と体をワシワシしてやる。
再びリードを繋いで山の獣たちにゴローを印象付ける為に山道を登る事にした。
途中何度かゴローが気配を感じる素振りもあったから、それなりに効果もあったろう。
よくやったゴロー、山を下りよう、猿との直接対決こそなかったが最低限の戦果は得た。

区長宅に帰り、ぬるま湯でゴローを丹念にブラッシングしてやる。ダニなどの虫を持って帰っている可能性があるのだ。
今日はお疲れ様、ゴロー
私とゴローの間に新たな友情が芽生える。次は激しいいくさになるやも知れぬ、頼んだぞ、ゴロー。
そしてディナー。報酬のトップバリュー・タスマニア・アンガス牛赤身200gミディアムレアを私が自ら調理しゴローに供してやる。味付けはなし、素材味の逸品だ。
ゴローが食べやすいよう適当に切って、彼の皿に入れてやると、待ち切れないゴローはジャンプし激しい鳴き声を上げた。
「ほら、今日はありがとうな」
凄まじい速さでガッつくゴロー。こら、もっと味わって食べろよな。
1分も経たぬのに食べ終えて、私を見つめるゴロー、
欲張りなやっちゃで……

此度のいくさは引き分けに終わった。しかしサムライと一匹に休みはない
次なるいくさに備え私たちは英気を養う。

常在戦場
待ってろ猿どもよ!