森羅万象に対して幼い子の理解の仕方は大変に詩的だ。いや、むしろ理を以て解すと言うよりも、そのままを受け入れるのみであるから詩的なのであろうと思う。
理に合わない事を受け入れられないのは大人の困った癖で、理に合わない所に詩情は生まれ、敢えて理で説明しないから詩であるとも言える。
渡る風 を大気圧の高いところから低いところへと空気が移動する現象。としたらば、理として整合性があるけれど、これはすでに詩ではない。
子供たちは常に詩の中にいるのだ。

陽が西に傾いで愛宕山の向こうを夕焼け色に染め上げる頃、京都の街に夕暮れが訪れようとする。
橙に染まる街並みと濃淡を重ねた紺色の空、地上と空の境目は混濁した紫のすじがたなびいている。
隠されていた星々が姿を現し始め、紺碧に移ろう空を銀の点で装飾してゆく。

6歳の私は祖母に問うた
「ばあちゃん、太陽が沈んでるところは山が燃えたりせえへんのか?」
祖母は微笑みながら
「大丈夫、山のずっとずっと向こうの海に沈んでいくのや、心配しいひんでええよ」
「そしたら、海はお湯になったりせえへんのか、お魚はどうなるんや?」
「それも大丈夫や、海はたくさんたくさんお水があるから、お水が少し温かくなるだけや、お魚のお風呂やね」
私は文字でなく、頭に描かれる絵としてぼんやり納得し、祖母と手を繋いだ。
祖母の手は夕陽の温もりのように思えた。しっかり握って離さないように、祖母の温もりを自らの体温として街の小路を二人歩く。
真っ直ぐ西に見える夕焼けはいよいよ紺碧に追いやられ、夜に空を明け渡そうとしていた。明日はもう始まろうとしている。


それからは長い。
傾いでゆく夕陽もあの小路も変わらず、私は大人になったが、祖母はもういない。
黄昏どきに小路を一人歩き、夕陽に向けて手をかざしてみる。
祖母の温もりを感じる事はもうできないけれど、あの日の温もりの欠片は感じる事ができる。
私は一人行く、暮れゆく西の空に明日の始まりはあるのだ。