山里から街に帰り、辟易する事の一つが我が家の郵便受けに溢れんばかりになっている郵便物の数々である。
日本は言うに及ばず、世界中から届くファンレターや求婚のエアメールと言うならば喜ばしい限りであるし、なんなら大量の指輪を携えた上でパスポートを片手に空港や駅へ向かわぬでもない。
たが、現実と言えばそのような手紙は皆無である。郵便受けの中をどこをどう探しても目当ての手紙など何処にもない、虚しさばかりが募り、私は深くこうべをうなだれるのだ。

現代は愛の告白も愛の終わりも、数多の請求書も同一にスマホ画面で確認できる時代である。
どうも便利とは時として味気無さと無粋を伴うようだ。そう、手紙が持っていた、あの質感と鮮烈とを否が応でも思い出す。
書き手の便箋や封筒の選択から始まり、何よりその人の文字の様子が切々と読み手に訴えかける。
恋人に対する、躊躇い、戸惑い、情熱、不安と予感。そして親が子に託す情愛、気掛かり、その心底に込められた慈しみが、子に問いかける。
即答は求めない、しかし純然とした問いと思いの丈がそれらの手紙には込められているのだ。
アナログ的である方が人の心の機微への距離がつかみやすく触れやすい、デジタルは時として一方的に過ぎる場合もあるようだ。

私宛に届く郵便物と言えば、投資セミナーの案内、婚活業者の案内、そして海外宝くじの当選通知くらいのものだ。
この海外宝くじ、私はすでに通算15億円くらいは当選しているので当面のあまあま調達に事欠くまい。
封書にはおめでとうございます、と大書してあるが、本当におめでたいのは誰だろうかと思う。 
婚活業者は私の毎日を見かねて親切心にかられ、このような案内を送り続けているのかも知れない。
その憐憫には感謝をしているが、私のような男をうっかり女性に紹介しようなどとは短慮にも程があるではないか。わざわざ不幸せの斡旋をするなんてどうかしていると言わざるを得ない。
そして投資セミナー……これは少し疲れる。
自分でコツコツ積み上げてきたノウハウを余人に教えて差し上げようと言う、無類の親切な人が世の中には多いらしい。そのような事をしては自らも飯の食い上げになる筈であるのに、それでも初回を50,000円でノウハウを教えてくれると言う。
投資セミナーを通じて儲けたいなら、投資セミナーを主催せよ、との熱いメッセージがそこには込められているのだ。

これらの郵便物がほとんどを占める我が家の郵便受け。その中には雨で濡れた跡のある封書もある。
雨の日も風の日も郵便配達員さんの手を煩わせるのだ。このような下らない郵便物では何となく配達員さんに申し訳ないではないか、それらは開封する事なく、ゴミ箱へと直行するのだから。
思えば心がときめくような郵便物を受け取ったのは遥か昔であると、改めて思い直す。
好きな女の子から貰った年賀状、ジェーン・バーキン姉さんにファンレター書いたら、忘れた頃ににサイン入りポートレートが送られてきた事、とあるエッセイコンクールの入選通知が来た事。
それは全て赤い郵便ポストにドキドキしながらハガキや手紙を入れた事から始まった結果だ。
クリックより実際的な行動が伴った郵便を出すという作業、手軽でも便利でもないけれど相手に赤心を自らしたためて送ると言う重さがあった。郵便ポスト前での逡巡は今では懐かしい思い出になってしまった。
クリックの迷いよりポスト前の逡巡の方が、私にはより由々しく思えるのだ。

♫おばけのポストに手紙を入れりゃ…
昔は鬼太郎氏が妖怪退治に来てくれたものだ。
今は全てがオンライン化されて、申し込みフォームから墓場鬼太郎氏に依頼をするのかも知れない。
あ、ちなみにゲゲゲの鬼太郎氏の本名は墓場鬼太郎と言う、ゲゲゲの鬼太郎は源氏名かリングネームと思って頂ければ良い、彼のマイナンバーカードにも墓場鬼太郎と記載してある筈である。
ただあの通り墓場鬼太郎氏は昔と変わらないクラシックな出で立ちであるから、ひょっとして妖怪ポストも何処かで稼働しているのかも知れないと私は淡い期待をかけているのだ。
境港の水木しげる記念館にあると言う妖怪ポストは現在記念館の改装工事中で稼働の確認が取れないし、オンライン依頼サイトも見つけられない。
我が家に送られてくる無用の封書の送り主に墓場鬼太郎氏から一言注意を促して欲しいのであるが一体どうしたものか。
そして手紙にまつわる謎が今一つ、ある日、白ヤギさんは黒ヤギさんにお手紙を書いたのだけれど、あろう事か黒ヤギさんは読まずに食べてしまった。そこで白ヤギさんは改めて黒ヤギさんにお手紙を書いたのだが、その後の展開が思い出せないでいる。
二匹の怖ろしいばかりの関係不全は長年私を悩ませ続け、しかしそこには想像が入り込む余地を十分以上に残しており、お風呂やトイレでの考察とするには手頃でもある。ただし展開を失念している以上、「花より先に実のなるやうな」虚脱とモヤモヤを私は禁じ得ない。
ならばいっそ白ヤギさんも黒ヤギさんもお互いラインにすれば良いなどと言ってはいけない。だいいち、あの脚のヒヅメでは上手くスマホを操作できるか疑問である。
ヤギさんたちはクラシックなスタイルである方が良いのだ。

おばけのポストとヤギさんのそれから
私の手紙に関する二大疑問である

ご存知の方はこっそり教えて欲しい
薄謝進呈致します

ふふふ