私の祖母は大変に面白い人で
「カタシさん、政治家と泥棒にだけはなってはなりません、きっとですよ」
と言い続けてきた。幸い、と言うか私はそのどちらにもならずに済んでこんにちに至っている。
自堕落で無責任で不羈奔放、こんな私にも堅気世界での使い道があるらしく同級生どもの数人から経営についての意見を求められる事がある。
曲がりなりにも彼らは経営者、対する私は無位無官の地下人に過ぎない。サラリーマン生活を数年で放棄し手前勝手に生きている。
そもそも経営など分かる筈もなければ、サラリーマン時代には創業始まって以来のポンコツと言われ、ライバル社から送り込まれたシロアリとまで揶揄された筋金入りの役立たずに、一体何を乞うのであろうか。これはよほどの阿呆か敏腕経営者のいずれかに違いない。

無論、私は経営コンサルタントではないから彼らから意見を求められたからと言って何らかの利益は発生しない、友が友に対して意見をする。ただそれだけである、(あっ、行きがかり上、その場での御飯はゴチになるけれど……)それでも通り一遍の経営コンサルタントなどとは目線の違う意見をする事はできる。
堅気の世界から距離を置くから見える事もあり、慣習慣例に縛られないから組織の穴がよく見える、ただよく見える事と実際に問題に対処し成果を上げる事とは全く別問題である。
私は立案者であっても実践者たり得ない、無責任な立場の立案者が呈した事を実践者は精査判断し、諾とするものに関しては責任を持って実践に当たる。この辺りの呼吸が分かる我が友はさすがと言わねばならない。
要するにどこまでも私は気安い立場でモノを言えば良いだけだなのだ。
どちらが大変な作業であるかは論ずるまでもない。

女性の管理職の割合についての議論が喧しい。
日本は女性の社会進出について遅れている、と言う。実際の世界ランキングと呼称されるものを見ても下位をうろうろしている。
これを論拠として数値目標を定めて女性の管理職を増やす取り組みが行われつつある。
裏を返せば数値目標を予め定めなければならないほどに日本女性の社会進出に於けるガラスの天井は低いと言い換える事ができようが、更に深く考えるとこれは社会の会社組織の致命的な宿痾であると断ずる事ができる。
つまり、実力のある人間がキャリアを重ねられるシステムになっていないが故に女性の管理職が少ないのである。
仕事のできる人間がどんどん出世できるシステムであるなら、結果に於いて男性と女性の管理職割合は半分ずつにならねばおかしい。
女性である事が理由で出世できず、然るべきポストも与えられず、代わりに比較して力の劣る男がそのポストに居座る事は企業にとって損失である。
これを損失と考えないのが一番の問題なのである。最初に割合目標を設けるのは結構であるが、こうした組織的かつシステム上の欠陥を改めずして何のための女性の社会進出であろうか。

と、このような私のエクセレントな意見を常々聞いている件の彼の会社では管理職割合が男性3割女性7割である。
タイムリーな話題でもあるし、地元テレビや新聞の取材申し込みが後を絶たない。
そこでフィクサーカタシの出番である、取材の質問事項は予め貰えるから私が回答原稿を彼の為に執筆する。
それだけではない、スーツのコーディネート、表情の作り方、カメラの位置から、照明に至るまでのいちいちを口出しさせて貰う。
もちろんテレビ局では私を秘書だと勘違いしているが、その正体は昨日まで山里でゴミ拾いしていたおっさんなのである。じつに愉快だ。

取材が進み、なかなか美しいレポーターの女性がついに核心に踏み込む
「こちらでは女性の管理職がじつに7割を超えているとの事ですが、これは以前からの取り組みなのでしょうか?」
きた、私の筋書きどおりいけ、友よ決めたれ!
「いえ、弊社では割合などは一切決めておりませんし、割合ありきの取り組みも一切しておりません。ただ、仕事ができる人を選んだ結果が7割と言うだけです。ただし、キャリアを重ねるに当たっての人事考課については完全に平等かつフェアにしております、女性である事や出産育児を理由としたハンデは一切設けておりませんし、育児休暇後は休暇前ポストを保証し、さらにキャリアを重ねて頂けるよう配慮しております。人は企業の柱です」
きまった……レポーターちゃんは心なしか顔を上気させて彼を見つめている。
おいおい、見つめる相手をまちごうてるで。

後日、放送を見たが、当たり前だがフィクサーカタシは映っていない、チラッと見切れて出演し映画デビューとかスカウトを狙っていたのやがそれも虚しい。
所詮、フィクサーは裏方である。彼の元には応援やら賛同DMが殺到しているらしい、私は職業的な充足感はあるものの彼の人気沸騰と聞いてはちょっと悔しい。

鴨の流れの一滴となり
私の涙は川を下ってゆくのです
海の水が塩辛いのは
私が流した計り知れぬ
涙のせいかも知れません


ふふ