日々かっちょええ男としての研鑽を積む私は、実技と共に学科をも重視している。
これは古今東西、かっちょええ男として名を残した野郎どもの事蹟を丹念に調査研究し、私の今後、ひいては日本国の男どもの今後に役立てようとする壮大なプロジェクトなのである。
皆様もご存知の通り、世界で日本女性はモテモテであるのに、その一方で日本の男どもは、てんでだらしない、お話にならない。
挙げ句は、意味なくニヤニヤ笑うのがキモい、何を考えてるのか分からない、すごくスケベそう、などと言われてしまう始末で、このままでは世界の女性からはもちろん、日本の女性からも見放されかねない深刻な事態に直面しているのだ。
従って過去に学び現在に生かす作業は有意義かつ生産的な未来を生むのである。
今朝の学科のテーマはニヒル。教材は往年の眠狂四郎氏だ。
私が生まれる前の作品でありながら、デジタルリマスターされた眠狂四郎氏は実にかっちょ良い。人物背景共に4K画像の鮮明さには遥かに及ばないものの、鮮明さが絶対の正義でない事を昔の作品は雄弁に物語る。
台詞回し、殺陣の美しさ、眠狂四郎氏の冷たさに惹かれる女性たち、どこを取っても素敵だ。
眠狂四郎氏は女性を前にして言う
「今日抱くことが明日を約束するとは限らん。俺に近づいた女は一人残らず不幸になった」
うーん、狂四郎氏、なかなかやるな。ニヒル過ぎるぜ。私が同じ事を言えば必ずしばかれる。大惨事が起こるに違いない。
かっちょええ男は男から見てもかっちょええらしい。
セクハラはかっちょええ男がするとセクハラにはならないと世間では密かに言われていたりするけれど、私は自身をかっちょええ男かどうかを知る為にそれを身を以て試した事がない。そのようなチャレンジングでリスキーな試みは御免である。
然るにかっちょええ男とは自らをかっちょええ男と全く思っていないふしがある。

思えば、現実世界でも過去に数人、ほんの数人、私よりかっちょええと思える男がいた。
こんな私にもサラリーマン時代があり、英国に左遷される前に大阪で仕事をしていた時の5歳上の上司A氏である。
身の丈は私よりだいたい15センチ高く、私よりは少しだけ劣る甘いマスクのイケメン、物静かで物腰がスマートで男性社員からも女性社員からも慕われている。
そしてここが大切なのだが、彼には妻子がいた。家庭持ちであった。
新入社員だった私に丁寧に時には敬語で仕事を教えてくれる。外から帰ればコーヒーを淹れてくれるし、女性社員がお茶汲みをしようとすれば
「そんな事はやらなくて良いよ、僕がやるから」
と爽やかに笑う。ううう、カッコいいぜ。
それでいて自らの仕事はできる。取引先の覚えも目出度い、成果を独り占めしない、チームワークの賜物だと皆を褒めた。
この当時の慣習と言うか、年に数回程度、部署を跨いだ飲み会などがあり、私も酒は飲めないし、必ずしもそう言った場は好ましく思ってはいなかったのだが、これは仕方なく参加をした。
一次会が終わるのはいつも8時30分くらいであったか、では二次会に繰り出そうかと言うときに、A氏は毎回こう言った
「妻が僕を待っているからごめんなさいね、これで帰ります」
白けるより何より目がハートマークになる女性社員、気がつくと私も目がハートマークである。
また別の日にはこんな事もあった、私の部署は接待も頻繁であったのだが、A氏はこっそり私に
「申し訳ない。今日は妻の誕生日なんだ。段取りはオグリくん分かっているね、頼んだよ」
と言う。愛妻家で家庭思いのA氏、しかも彼が率いる私達のチーム業績は支社内でもトップクラスである。
これではたとえ接待に出なくとも会社上部は叱責の仕様がないではないか。
バレンタインには山のようなチョコレート、独身の私を差し置いて、家庭のあるA氏に女子社員は夢中である。もう悔しいったらありゃしない。
だいたい彼女たちのゴール設定がどこだったのか、今もって不可解である。

海外左遷から私が戻り、会社を辞してからもA氏はトントン拍子で出世をした。
もちろん家庭をそれまで以上に大切にされての出世であるから尚更価値がある。
かっちょええ男A氏、いま彼は非常に高い役職で東京にいるらしい。
私が眠狂四郎氏に興じているこの瞬間も、彼は家庭を思いながら一生懸命に仕事をしている筈だ。
画面の中で眠狂四郎氏は、俺には一切関係のない事だと言いながらもしっかり関わっちゃってる。
自らの森羅万象に多情多恨である事が、この二人のかっちょええ男に共通する事項で、表現の方法が、心の屈折の具合により正反対のベクトルに向いている。
大事なのは結果に於いてかっちょええと言う事で、眠狂四郎氏にしてもA氏にしても、それぞれの矜持なりポリシーなり、セオリーなり、こだわりなりがあっても、カッコ良さの為のカッコ良さを具現している訳ではない。
かっこええ男として研鑽を積むなどと言っている私はまだまだ甘いのだ。
うむ、今日の講義はなかなか有意義であった。


お昼も近い
今日は焼き飯作ろう。具は油焦がしネギと焼豚、玉子とカマボコ。

眠狂四郎氏には作れまい。現代のかっこええ男には料理も必須なのである。

待ってろ世界。