冬の日、樹木の枝先に一筋二筋ぶら下がっているミノムシ。
現在ではその数を減らしているらしいが、私が子供時分には珍しいものではなく、特段、山に赴かずとも街の至る所で見られた。
そのミノムシを抜け目なく見つけると、あの男はミノムシのミノを剝いで幼虫を寒風吹きすさぶ一画に放逐するのであった。
被害者は数知れず、中にはそのまま息絶えた者もいるのではないか。
私どもの地元ではこの幼虫たちの怨嗟の声が満ちている。
この行為の首謀者、それこそが皆様もご存知の悪魔の申し子S君である。

因果応報
と言う。
この少年は長じて、やがて自らの家族を得る。そして40歳を過ぎた頃、私どもの間で『S家の乱』と呼ばれる紛争を巻き起こし、そしてS君は細君に財布、クルマ、家、全て身ぐるみ剥がされ裸一つで家から追い出されたのだ。
そう、あれはまさに寒風が吹きすさぶ日であった。
因果は巡る、私どもは誰一人としてミノムシの呪いを疑わぬ者はなかった。 
悪魔の申し子なのに呪われるて訳わからんぞS君。
S家の乱の直接の原因は、S君が家以外に秘密基地を持ち、そこに細君が乗り込んで来た事による。
秘密基地は秘密ではなかったのだ。
私どもはS君の相談に乗りながら、事の成り行きを十分に楽しんだ。
むろん、私は強い者の味方である。物語や講談などでは無類の判官贔屓で滅びの美学の信奉者であるが、現実世界ではリアリストなのである。
細君を宥め、すかし、彼の反省の弁を細君に伝えつつも、全面的に細君の側に立った。
S君は二度とこんな事はしないから許して欲しいと哀願するのだが、ああ、しかし日本語は難しい。
これは私なりに翻訳すれば
二度とこんなすぐバレるようにはせえへんから大目に見ろや
と、なる。私は正直者であるから、彼の真意を細君に話して、彼の家族ができうる限りに於いて従前通りの生活を営みうるよう粉骨砕身、まさにS家の主のように振る舞った。
人類愛と家族愛を具現化したような私、S君の株価がストップ安を更新するのに対して私の株価は高騰を続けたのだ。
細君の御尊父からは、いっそこのまま婿はんになってもらわれへんやろか、などと言われる始末だ。
しかし細君よ、父君よ、許して欲しい。私とて帰らねばならない場所が二三あるのだ。
もうこのアトラクションは終わりにせねばならない。

寒風吹きすさぶ中で勃発したS家の乱であったが、いつしか季節は夏の終わりを迎えようとしていた。
私も友人もそして亡きミノムシ達もUSJ10回分くらいは楽しんだ。
結局、私の仲介でS君は懐かしい我が家に戻り、それと引き換えに幾ばくかの自由を失った。
グレイにさらわれたのち地球に帰された人のように、S君は常に細君の監視下に置かれ、わずかな不審でもあれば仕事中であっても電話が鳴る。
堪りかねたS君は、私にアリバイ工作を依頼するのだが、前述の通り私は強い者の味方である。
当然ながら内部告発者となり、正義の為の一助とするのである。
S君の行動パターンは手に取るように分かる。単純明快で実に予測し易い、人形にブードゥーの祈祷師が魂を入れてS君ができたのではないかと、S君の単純さと不完全さの原因をそちらに求めてしまう。
考えても見れば、小学生の頃からS君は病気をしたと言う記憶がない。S君には特殊な抗体が備わっているのではないか、S君ならばラッサ熱やエボラ出血熱ですら、半日寝たら治るのではないかと私は睨んでいる。

私は『S家の乱』と記した。
これは正確には誤りである。
正確を期すならば
『第一次S家の乱』である。

楽しい事は皆で分け合うものである
独り占めはいけない
皆様にも近々こっそりお伝えしよう…


Mr.S   WILL RETURN