常在戦場と言う。
昨今の事とて闘っているのは男どものみならず、女性も闘っている。
そして私のような腕っぷしも弱く更には運動神経が極端に鈍い者ですら日々闘っているのだ。
冬の訪れと共に、そして冬が寒さを増す毎に、私は誘惑と闘わねばならない。
それがパッチ、いわゆるズボン下である。
最近ではオサレパッチも出ているらしい、しかもあれを穿くのと穿かないのとでは天と地ほどの違いがあるらしいのだ。
毎年忍び寄る、私の中のおじいちゃんの気配。
私の中のおじいちゃんはズボン下を穿いてくれと私に哀願するのだが、私はそれを却下し続ける。
ズボン下を愛用する友人は静かに語る
「そんなもんズボン下を穿きだしたら、もうこちらには帰ってこられへんで、ぬくぬくで最高やな」
そのような怖ろしいものを穿けるわけがないではないか。
ぬくぬくが問題なのではない。私は常在戦場の男なのである。
いつ何時、下衣を脱ぐような場面に遭遇するか分からぬではないか。
例えば、常日頃紳士を心がける私は道に飛び出した子猫ちゃんを救う為にクルマに轢かれる事もあるかも知れない、そうなった場合、救急車や搬送先の病院であられもないパッチ姿を披露できるわけはないではないか。
或いは、小指の先ほどの隕石が頭をかすめる事もあるかも知れず、さらに或いは道端に落ちてるバナナの皮に足を取られ転倒し頭を強打する事もあるかも知れない。
ダメだ。パッチはダメなのだ。万が一に下衣を脱がされるよう事態に遭遇するならば、いつものポールスミスのボクサーパンツでその時を迎えねばならぬ。
だが、私の中のおじいちゃんが私を責める
「アホな事を言うてないで、はよパッチ穿けや、めちゃくちゃ寒いやんか」
暖冬続きであるのに年毎に身にしみる寒さ。私は毎年誘惑と闘いそして勝利してきた。

そして紳士を悩ませる存在が今一つある。
デニムパンツ、いわゆるジーンズだ。
冬場の火の気のない部屋に収納してあったジーンズを穿こうとして、悪魔の皮膚に触れたかのような冷たさに絶叫した事が私には幾度もある。
ジーンズよ、なぜそこまで冷たいのか、私との関係はそこまで冷え切っているのか、せめてその日の最初に肌が触れ合う時くらい、もう少し暖かく迎えてくれても良いではないか。
私は思案する、そして暖房器具で温めてから穿くという至極単純な結論に落ち着くのである。
ただし、ファンヒーターにしろストーブにしろ、これには熟達の技が必要なのだ。
焼き過ぎればジーンズの金属製のタックボタンやリベットが熱を帯び、私の肌を火傷へと誘うのだし、それでいて焼きむらがないようにまんべんなく熱を入れねばならない。
ウェルダンではデニム生地を傷める元だから、ちょうどミディアムレアくらいに仕上げるのが、良い職人なのである。

ズボン下を穿けば二つの問題は一気に解決するなどと言ってはならない。
くどいようだが私は常在戦場の男なのである。

今年も春がきた
私はどうにかこの冬も無事通過した。

だが春にも寒い朝は多い、ことにこの数日の寒さはどうした事か
暖房器具は片付けてしまった
しまった…早すぎた…

ジーンズ、しばらくはお休みしよう…


2023 4.9 18:00
追記

オサレズボン下、これがどんなに怖ろしいものか
皆様には今一度お考え頂きたい
これはご主人の為、或いは彼氏の為
ひいては貴女様ご自身の為なのである。
尾籠な話で恐縮なのだが、このカタシの提言を御一考頂きたい。

オサレズボン下を着用するのは、当然ながら寒いからで、そしてそのような状況下でわりあいに起こりやすいのが腹痛である。
特に仕事中の勇士たちは腹痛が起きたからと言って、すぐにトイレへ駆け込めない状況である事も珍しくはない。
そうした場合には危機管理上、かなり切迫した状態でトイレに駆け込む事となる。
ベルトに手をかけ、スラックスなりスボンなりを下ろす。
しかし! 
ここでまだ難関が待ち構えているのである。
スボン下は下腹部一帯を覆い、パンツに手をかけるよりも遥かに脱ぐのに難渋する、脱いだとしてもそれからパンツが待っているのである。
そこに行きつくまでに、何人の勇士が虚しい結末を迎えたか。私には容易に推測できる。
しかも私の周りの人々へのアンケートとCIAの機密データから、通常の自然状態に於いても男性の方が女性より遥かにリーク率の高い事が証明されている。
オサレズボン下と引き換えに失うものは大きいのである。
勇士諸君、そして賢明な女性の皆様
次回の冬はくれぐれも良く御勘案頂きたい

カタシは次の冬も戦場に立ちます。