酒飲みの大半の常道に反して、とみちゃんはあまあま好きである。
それもわりと口が肥えているから生半可なものを土産にするとお叱りを受ける。
和菓子ならば、京都で言うところの『おなま』でないと納得しないし、洋菓子ならば指定の店のもの以外は口にしない。
区長が雑食性で土産など気にしなくて良いのに比べて、とみちゃんのあまあまはかなり厄介なのだ。
惣菜になるようなものや、フルーツやら、塩っ気のあるお菓子やらには全く無頓着なくせに、あまあまとなればその及第ラインは一気に跳ね上がる。
なんせそのオーディションを通過しない事には山里滞在の安寧も約束されないから、私としては精選した逸品を山里に連れて行くのだ。
末富のおなま、ジャンポールエヴァンのボンボンショコラ、あ、ジャンポールエヴァンは街中の店が閉店したので伊勢丹まで行かねばならない。
それに最近お気に入りはピエール・エルメブティックのイスパハンである。
イスパハンはピエール・エルメの名を不動のものにした、バラとライチのフレーバークリームと外側に散りばめたフランボワーズをこれまたフランボワーズのマカロンコックで挟んだ見た目にも可愛らしいケーキであるけれど、これをホール状に成形したミロワールイスパハンなるものが、とみちゃんのご執心の品である。
一度、あぶく銭が手元に残り、気が大きくなった私がとみちゃんへの土産としたのがそもそもの始まりで、以後、このミロワールを折に触れてとみちゃんは御所望になる。
たまったものではない。私は普段のあまあまを諦めるかグレードダウンしてまでミロワール積立に励まなければならないのである。
後悔先に立たずと言う、このような事は二度とするまいと私は固く誓っているのだ。

ピエール・エルメブティックは二条のリッツカールトンにあり、そしてここは私にとって旧ホテルフジタと言った方が馴染みがある。
ずっと昔はホテルフジタの周辺にいれば必ず俳優さんや女優さんに出くわしたものだ。
自宅から歩いて鴨川散歩に行く時は必ずフジタの前を歩いた。
建物の外観はさほどに変わらないし、出入り口も言われなければ分からないほど小ぢんまりとしている。
リッツカールトンとなったいま、私はここにママチャリと雪駄履きで乗り付けるのだ。
ごく簡単なドレスコードがある事も知っている、これは壮大な実験なのだ。
サンダルはアウトである。しかし雪駄はセーフなのだ。自転車は玄関真正面でなければ許されるし、場数をこなすうちスタッフから笑顔で迎えられるようになった。
さすが一流ホテルは違うのだ。なかなか行き届いている。素敵だぜ。
リッツカールトンに文句があるとすれば、ティールームとして使用している空間が、フロントへ続く通路と大した隔てもないまま並んでいる為に、アフタヌーンティーを楽しんでいても、その脇を宿泊客が通って行く構図となる。
これはいけない。雪駄カタシから注意をしておこう。

ともあれ、こうした苦難を経て、素敵なアントルメはとみちゃんの元へ届けられる。
この、とみちゃんのあまあまへの妄執。一体何故なのか私はとみちゃんに問う

思いがけず第一志望の大学に合格したとみちゃん(18)は東京で暮らす事となった。
当時はまだ下宿屋が多く、とみちゃんは両親の方針もあり、女子専用の下宿屋に住まう事となる。
地方から上京した人、そして特にさしたる寄る辺もないまま東京に下り立った人には分かるであろうが、この街の人の多さ、ビル群、複雑な鉄道路線、人々はもちろん景色までもが他人の顔をする。全てがよそよそしい。
目に馴染んでいるものは何もないし、この景色が自分の景色となるような気配すらない、大学に入学と言うだけで、何事かを為そうとしているのではないのに、自らの存在の小ささだけが際立ち、息苦しくなる。
道行く人々はこの街で必要とされ居場所を得ている。自分にそれができるかどうか、もし高層階からこの街並みを見たならば、その広大さに圧倒され、自分が壊れてしまうのではないか。
感じないようにする事が、この街で生きて行く術なのかも知れない。
乙女のとみちゃんは東京の第一印象をそんな風に感じたらしい。
下宿屋さんの最寄りは千駄木駅であった。坂の多い落ち着いた街であった事にとみちゃんは安堵した。
坂の起伏が都会にありがちな無機質な造形を妨げている様で、代わりに人々の生活の一端が垣間見え、それはさほどには都鄙の別ない事に暫しの安らぎを得た。
春が深まり、周囲の景色をやっと落ち着いて見られるようになった頃、千駄木駅のほど近くに、とみちゃんは小さなケーキ屋さんを発見する。
市販のケーキと言えばまだまだバタークリームを多用したものが主流の時代、その店は生クリームを使っていた。そもそも、とみちゃんはケーキの専門店でケーキを買った事がなかった。
ウインドウに置かれた宝石のようなケーキにとみちゃんは夢中になる。
現在のように種類は豊富でもなければ凝ったものもない。せいぜいショートケーキとチョコケーキ、ロールケーキくらいのものであったが、18歳のとみちゃんには夢の世界に思えた。
その日から、とみちゃんはお金が余れば必ずケーキを買って帰る、次第に若い夫婦の経営者とも親しくなり、言葉を交わすようになった。
学校以外で親しくなった初めての東京の人だったのだ。
ケーキを通じてとみちゃんは東京の手がかりを得た。
小さな小さな手がかりではあったが、とみちゃんにとってはこれほど確かなものはない。自分がこの街で人と繋がって行けると確信めいたものを与えてくれた掛け替えのない店であったのだ。


そんな日々が数ヶ月続いたが、しかし別れは突然、唐突にやって来た。
その日、とみちゃんはいつものようにその店の前に来て愕然とする。
閉店のお知らせと書いてある張り紙がドアに貼りだしてあった。
夫婦からはそのような素振りもなければ、とみちゃんに予感もない、なぜ一言もなく去ってしまうのか。
悲しくて辛くて、そして裏切られたようで、泣きながらとみちゃんは下宿に帰った。
すると、下宿屋のお母さんが、これを預かってるわよ、と大きなケーキ箱と手紙をとみちゃんに渡してくれた。
手紙にはこう書いてある

このような事になって本当にごめんなさい。
何度も何度も言わなければと思っていたのですが、○○さんがあんなに楽しみに喜んで、親しくして下さるのを見てどうしても言い出せませんでした。
何度言い出そうとしたか知れませんが、閉店までの日々を笑顔だけで過ごしたかったのです。
騙したみたいになってしまい、本当に本当にごめんなさい。
短い間でしたが、ご愛顧頂いてありがとうございました。
またどこかでお会いできたらと思います。
さようなら、ありがとうございました。

号泣する19歳のとみちゃん。ケーキ箱には8つものケーキが入っていた。
東京での最初の出会いは、最初の別れとなってしまった。
ただこれは、とみちゃんがこれから幾度も経験する出会いと別れの始まりに過ぎない。

8つあったケーキは号泣を聞き集まってきた他の女学生たちに1つを残して持ち去られた。


「穀物にたかる、イナゴのようやったわ」
と、とみちゃんは自室で私を目で拘束しながら回想する。
そして、さらに目を細め、とみちゃんは私に言う

「わたしからこの話を聞き出したやんな、責任とってな、分かってるやろ?」

次に街へ帰ればピエール・エルメ行かねばならないのである…… 無念。

続く…次回はいよいよとみちゃんの恋です