下のリブログに掲げる『ひよこ頭の落ち武者』で助演女優賞を取り彗星の如くデビューを果たした区長の妹Tちゃん。現代芸術と頭髪との融合を実現し、世界に衝撃を与えた山里に於ける大親友の区長。そしてじつはエピソードに事欠かない区長の奥様。

私の山里生活は話題が多いのだが、この程、Tちゃんに主演交渉を持ちかけたところ

「美しくて強くて、艷やかで、しなやかなクールビューティーに描いてくれるならば本名での出演も構わへんよ♥」

との事であるので、今回からTちゃんはとみちゃんと表記する事とする。

ただ本人の希望イメージとしてはアンジェリーナ・ジョリーっぽくとの事だが、私としても読者に嘘はつけないので、なるべく本人の希望に沿いつつも真実を元に話を進めて行きたい。


あ、区長は個性的な名前の子で特定の怖れに鑑み従前どおり区長、或いは薄毛と表記する事とする。

これは身体的特徴を揶揄したものではなく、お互いの固い固い信頼関係に基づくものである事を予めお断りしておこう。


とみちゃんは64歳、野山を普段から歩いているせいか、足腰が強い上にスマートな体型をしている。切れ長の目が特徴的で鼻筋が通り、艷やかな赤味を帯びた唇の昭和美人と言ってよい。仏間に飾ってある区長ととみちゃんのお母様と面差しがどことなく似ているから、とみちゃんは母親似なのであろう。

一方、区長はお父様お母様どちらにも似ていない。きっと区長は山犬の子に違いないだろう。

草深い山里の事とてあり得る話である。


とみちゃんは高校卒業と同時に東京の大学へ行ったからか何かの拍子に標準語アクセントと言い回しなる。

仕草や衣服、立ち居振る舞いがどこか垢抜けているし、山里にあっては余程目立つ存在である。要するにアンジーほどではないせよ綺麗な人なのだ。

関東で短い結婚生活を送り、その後まだ健在であったお母様の闘病を支える為に実家たるこの山里に戻り、以来区長夫婦と共に暮している。

数年前に退職するまで、とある私立高校で国語と古典を教えていたのだが、ロマンスの話は一向に聞かない。皆無ではなかったろうが、その辺りを根掘り葉掘り聞くのも野暮と言うものだし、私としても突っ込んで聞かれれば冷や汗が流れる話が盛り沢山なのだから、やぶ蛇の如き言動は謹んでいるのである。しかし、薄毛の奴が紳士協定を破り、その種の話のいくつかをとみちゃんに話しているらしく、時折酷く棘のある言葉を私に浴びせたりもする。

私などより余程男前な性格のとみちゃんには私の優柔不断で煮えきらない、時として女性の敵とも思えなくもない数多の事柄について意見せずにはいられないのであろう。

ここで責められるべきは男同士の暗黙の了解を蔑ろにする薄毛の奴なのであって、近々、除草剤を混入させた育毛剤をプレゼントしたろうと思う。

なまじまばらに生えているから未練が募るものなので、いっそ綺麗サッパリした方が良いのだ。

世界にはユル・ブリンナーやカーツ大佐のようなつるつるイケメンもいるのだから、中途半端な状態を晒すよりはそちらの方が断然良いに決まっているのだ。


とみちゃんは、広い敷地で鶏を飼い、ハーブ類、野菜やら柑橘類を育てて近隣の道の駅やら農協の直売所に卸している。

春の終わりくらいにはミントが繁茂し、それをとみちゃんはモヒートにして、夕暮れの一時を愉しむ。アルトゥーロ・サンドヴァルのラテン調の派手な曲を大音量で流して、この山里に小さなキューバを現出させるのだ。

私がスルメを焼いて持って行くと

「あなた分かってないわねぇ」

と標準語でピシャリと言われ、私は少し拗ねて区長と二人してスルメを醤油マヨに浸して食べる。

区長は焼酎の水割り、私はファンタオレンジである。

モヒートに限らず、とみちゃんはカクテルのレパートリーが豊富でモスコミュール、ダイキリ、ソルティドッグ、オレンジブロッサム…と数えたらキリがない。

国語教師なのにじつに怪しい人である。

「お酒を飲まないのに、お酒に詳しいあなたの方が怪しいわよ」

と、とみちゃんはもっともな事を静かに言う。

この人は酔うと標準語になる。アルコールが彼女の覆いを少しだけ剥がしているのだとしたら、彼女の本質は東京の人であるのかも知れないし、或いは身は山里にあれど、心は東京に置いてきたのかも知れない。

西に傾いだ陽を映し、アルコールで更に赤く染まった区長の頭を見ながら、ふとそんな事を思う。


花言葉と同じく、カクテルにも言葉がある

モヒートは 心の渇きを癒やして だ。


謎の女性とみちゃん

次回に続く