昨年より新しい観光政策に関する勉強会を主宰し、鈴木英敬議員ら後輩議員と一緒に議論を重ねてきました。外国人観光客は安倍政権発足以来、コロナ前には、836万人から3188万人に急増し、観光産業の海外から稼ぐ力は自動車産業に次ぐまでに成長しました。コロナ禍が終焉し、観光客は再び増加しています。こうした動きが、観光に携わる地域や人に真に裨益することにつながるための政策を、先般、観光庁はじめとする政府関係部署に提言しました。

 

第1回「日本の観光産業の展望と課題について:膨大な潜在性の活かし方」

    早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授 池上 重輔

 

第2回「地域における観光の取組に関して」

 ①  『「つなぐ・つむぐ・つくる」~つながりと人の流れがあるまち~「まちまるごとホテル」の実現に向けて』

    北海道清水町 町長 阿部 一男

 ②  「世界から美杉へ〜美杉リゾート地域包摂型ツーリズムの展開〜」

      株式会社 美杉リゾート 代表取締役 中川 雄貴

 

第3回「インバウンドマーケティング戦略に関して」

    オーセンティシティ視点のツーリズム・コミュニケーション

    立命館大学経営学部 副学部長・准教授 寺﨑 新一郎

 

第4回「民泊等に関する規制改革提案について」

   「民泊等に関する規制改革提案」

    Airbnb Japan株式会社 公共政策本部 本部長 大屋 智浩

 

 

 

新しい観光を考える勉強会 中間とりまとめ

~インバウント観光おけるパラダイム変革に向けて~

令和5年12月21日 

 コロナ禍を経てテレワークやワーケーションも一般的になってきた中、多拠点居住や長期滞在といった、様々な地域で旅行あるいは生活をする新しいスタイルが生まれ始め、生活と観光の境目が曖昧になりつつある。 日本政策投資銀行・日本交通公社の「アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 2022年度版」によると、地方訪問意向はアジアで88%、欧米豪で79%と非常に高い比率を占めている[1]。「Economist Impactのアンケート調査(2022)」によると、アジア太平洋地域の旅行者の間で、回答者の 2 人に 1 人(49%)が、あまり観光地化されていない地方での体験をもっと追求したいと考えているなど、観光地化されていない地域への関心も高まってきている。さらに、同調査によれば、旅行によって地域経済に貢献することが重要であると考える人の割合は65%となっており、観光によって地域経済にポジティブな影響を与えたいと考える層が多く存在していることも示している[2]。一方で、観光に関する各種規制・制度は、恒常的な人手不足、観光DX、そして上記の新しい旅行スタイルへの変化などに現時点においては必ずしも十分対応できているとはいえない。
 インバウンド旅行客の回復が進む中で、このような観光に対する人々の考え・価値観の変化を適切に把握し、ターゲットとする層に効果的なマーケティングを行うことができれば、現在は観光地ではない地域も含めた地方での産業創造に大きく貢献する可能性がある。特に、訪日インバウンドは、ミレ二アル世代やZ世代と言われる若い世代が多く[3]、そうしたミレ二アル世代やZ世代の特徴を踏まえたターゲティングやマーケティングも重要である。
 これを実行できる観光プロフェッショナル人材を育成しつつ、オーバーツーリズムや地方部の二次交通など移動を支える新たなモビリティ体制の確保などの課題にも適切に対応することで、観光は中長期的には日本全体で内需を含めて70~80兆円規模の産業へと成長させることも夢物語ではない[4]。これは地域産業への波及効果も期待できるため、その総額はさらに大きいものとなる可能性もある。
 経済効果に加えて、観光は海外との接点を通じて視点の切り替えやイノベーションのヒントももたらすため、地方も含めた日本全体を大きく成長させる起爆剤とすることも期待できる。世界経済フォーラムの観光競争力ランキングで、日本は世界一の潜在性を持つとランキング[5]されており、世界一の観光収入国になりうる。
 ポストコロナ時代における新観光立国を実現し、確実に成長の果実に繋げていくためには、各種規制・制度の不断の見直しが求められる。そのために必要な日本の観光産業の潜在性を最大限高めるための政策の方向性や解決策について以下の通り中間的に整理した。

新観光立国実現に向けた体制整備
 
観光政策を強力に推進していくためには、観光政策を一体的に進めることができる真に司令塔となる組織が必要である。現状、宿泊施設である旅館・ホテルを規制する旅館業法は厚生労働省 健康・生活衛生局の所管となっており、また、住宅宿泊事業法(民泊新法)は厚生労働省 健康・生活衛生局と国土交通省 不動産・建設経済局、観光庁の共管になっている。観光政策を一体的に進めていくためにも、将来的には、旅館業法・住宅宿泊事業法はじめ、観光に関連する法令・政策を観光庁に一元化し、観光行政を包括的に推進するための司令塔としての観光庁の機能を強化させていくべきである。一方で、権限・組織の再編には一定の時間を要するため、直ちに取り組めるものとして、まずは足元で関係省庁の連携を強化し、観光を推進するという共通のゴールを共有しつつ、政府一丸で観光政策を進めていく体制を構築していくべきである。
 司令塔機能を強化していくために、ターゲットにする各地域でニーズを適切にフィードバックできる観光関連事業者や大学に加え、国内在住の外国人ではなく、海外在住の観光経営のプロを含めたアドバイザリーボードを置くなど、単年度の予算の制約をうけないような長期的な取り組みを可能にする抜本的な組織の見直しが必要と考えられる。また、地方公共団体においても、宿泊施設を含めた観光政策を一元的に捉え直し、国と地方公共団体の緊密な連携による柔軟な運用や地域での創意工夫が生まれることが期待される。

新しい観光政策の基盤の構築
①観光人材の育成
 
持続可能な観光業界の発展を実現するためには、20年後、30年後を見据えた人材の育成が重要である。例えば、適切なターゲティングやマーケティングを行い、各種関係者や組織を動かすことができる観光経営人材(宿泊施設だけでなく、DMOのリーダー等を含む)や満足度の高いガイドを提供できる人材など、観光のプロフェッショナル人材の育成が重要であり、国としてそのためのコンテンツ作りや予算の確保を国内外の最先端の専門機関と連携して行っていくべきである。観光において付加価値を上げるには地域特性に合わせる必要があり、そのためには自地域に合わせた戦略を構築できる人材が必要となるため、人材育成が極めて重要となる。そのような人材育成が、本提言を実現してゆく。​​
 ガイドについては、日本においても通訳案内士制度が存在しているが、現状では高付加価値で高価格な料金を取れる仕組みには繋がっていない。実際、通訳案内士を含めた通訳ガイドの平均年収は約382万円であり[6]、日本人全体の平均年収よりも低い傾向にある状況である。一方で、英国のガイドの平均年収は4.3万ポンド(約800万円)で上位層は1500万円以上と言われており[7]ハイレベルなガイドがいることで地域の観光収入も底上げされる。
 適切な価格設定と高付加価値なサービスの提供など、経営の観点から地域観光を設計し、地域と観光に携わる人が稼げる状況を作ることのできる観光人材育成には一定の教育投資が必要となる。しかしながら、現状の観光業界は人材育成に資金を投じる文化が十分に定着していない側面もあるため、観光経営人材育成の必要性について十分な普及啓発を行うとともに、人材育成による効果が実感でき、自発的に人材育成に投資がなされるようになるまでの間は、国が必要な予算的措置を行うべきである。
 また、観光経営や高品質なガイドを提供できる人材に対して、資格制度の創設やランク付けなどの仕組みを創設することで、そのスキルを可視化し、質の担保・向上と併せて、観光で稼げるスタープレイヤーを作り出すような仕掛けも検討すべきある。その際、観光系の大学院において学位を取得すれば、資格取得の必要科目が一部免除されるなどの仕組みも併せて導入することで、観光人材の育成機関の活性化にも繋がる可能性がある。
 なお、観光経営・ガイドを担う人材は、適切なSTP分析[8]等を基に、観光サービスの価格、呼び込む観光客[9]の層の調整などを通じて、後述するオーバーツーリズム対策にも寄与すると考える。

②観光地の魅力の可視化
 インバウンド戦略を構築する上で、オーセンティシティ(本物感)[10]は重要な要素となる。オーセンティシティは地域ごとに異なるものではあるが、それぞれの地域におけるオーセンティシティを適切に認識し、それを効果的に発信できた東京都台東区の谷中、大阪市北区の中崎町などの地域は、インバウンドの取り込みを含め観光で大きな成果を上げている。同様に、これまで観光地として認識されてこなかった地域においても、地域ごとにその強みと弱みを客観的に把握した上で、ターゲットを適切に選択し、アプローチすることで、観光を地域の中心産業へと成長させていける可能性がある。
 そのため、例えば、ミシュラン・ガイドやミシュラン・キーの取り組みに倣い、外国人観光客による覆面調査等を実施し、観光地の魅力を客観的にスコア化していく仕組みが考えられる。また、それらを日本が管理・主導する形で、国内外の観光客の視点から観光地・観光事業者を評価する仕組みのプラットフォーム的な体制の構築ど多様な観点からの評価を活かす取組みも考えられる。
 これらに併せて、スコアの高い観光地を国として表彰していく制度も創設することで、適正な地域間の競争に繋げていくべきである。

持続可能かつ安全安心な観光地の実現に向けた更なる取組

①オーバーツーリズムを回避する未然の準備
 
やみくもに観光を推進していくと、いずれ混雑や生活環境の悪化などに代表されるオーバーツーリズムが課題として生じることが想定される。オーバーツーリズムは、地域のインフラだけでなく地域住民などの心理的ストレスや不満を含めたその地域のキャパシティを超えて観光客が訪れた際に生じるが、持続可能な観光地域づくりを推進していくには、オーバーツーリズムが顕在化する以前から地域住民の心象を含めたキャパシティの評価と地域の特性に応じた対策を講じることが重要である。オーバーツーリズムが生じた場合は様々な負の影響が生じ、さらに住民の反感が高まって場合は、その回復は非常に困難なものとなるのは諸外国の事例からも明らかである。そのような状況に陥らない未然の想定と対策が日本全体の観光立国推進には非常に重要である。
 そのため、オーバーツーリズムを生じさせないためには、地域のキャパシティを適切に評価し、観光客を受け入れる準備や地域住民を含めた利害関係者との調整ができる人材の育成に取り組むべきである。

②インターネットでの媒介を前提とした安全で旅行者に安心して利用してもらえる宿泊 施設の管理体制の構築
 
観光振興を行うに当たって、適法で安全な宿泊施設が津々浦々で提供、担保されることが大前提となる。そのため、官民が連携して違法な宿泊施設への対応を行うことが重要となる。
 例えば、住宅宿泊事業(民泊)では年間180日の営業日数制限が課せられており、180日を超過した施設の調査や違法施設、いわゆるヤミ民泊施設の摘発については官民が連携して実施している。しかしながら、観光庁、地方公共団体、住宅宿泊事業者、住宅宿泊仲介業者らが紙やExcel等を用いた手作業での申告と確認になっているため、これら関係者間での確認ミスが生じている状況にある。また、効率的かつ効果的な違法民泊摘発の体制が構築できていない
 国や地方公共団体の保有する宿泊施設の許認可データベースとOTA(Online Travel Agent)とのAPI連携やAIの活用などにより、許認可データと自動的に突合できるようにするなど、国内外の旅行者が安心して宿泊施設が選択できるようなシステムによる効率的な旅館業法に基づく許可施設を含めた違法民泊施設の確認体制の構築を実現すべきである。

地域交通の確保に向けた方策
 
インバウンドの受入を進めていく上で、地域交通の確保は重要なポイントである。地域交通を巡っては、公共交通事業者の厳しい経営環境や不十分な公共交通サービス等が課題となっている。特に地方部においては、タクシーやレンタカーの確保も難しい状況にあり、解決策の検討が急務である。

 現在、政府において、議論されている、いわゆる「ライドシェア」についても、地域の「移動の足」を確保する観点から、まずは法改正を伴わない形かつ地域で使い勝手のよい形の制度整備を早急に実現すべきである。
 なお、本勉強会において、ヒアリングを行った北海道清水町からは、町役場で所有する公用車が遊休資産として活用可能性が高いとの指摘もあった。これを踏まえ、市役所や町役場など公的機関が所有している公用車について、ライドシェアやカーシェアに活用するなど、柔軟な運用をできるようにすべきである。加えて、自動車教習所が保有する教習車や自動車整備工場など自動車産業事業者が代車用に保有している自動車についても同様に遊休資産活用できる余地もある
 

地域における省人化と安全安心が両立した宿泊施設
 
旅館、ホテル、民泊といった宿泊施設では、人手不足が原因で旅行客を十分に取り込めておらず、結果として観光地への来訪のチャンスを逃してしまうケースが散見される。これらの課題を解決して、観光客を取り込んでいくためにはDXによる省人化は喫緊の課題である。一方で、宿泊施設に関連する制度の中には、フロントの設置義務や人の常駐義務、人による駆けつけ義務といったアナログ規制が未だに存在している。これらのアナログ規制を見直し、DXを通じた省人化と安心安全の両立を実現するため、デジタル技術を活用した効率化を阻害するような制度について、国・地方合わせた網羅的な見直しに取り組むべきである

以上

 


[1] 日本政策投資銀行・日本交通公社. “DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 2022年度版によるとアジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 2022年度版”2022-10-26,

https://www.dbj.jp/upload/investigate/docs/7ccfe6956b812ca76e024b7356e96093.pdf

[2] Economist Impact. “アジア太平洋地域 の観光業を再構築: コンシャストラベラーとは?” 2022, https://impact.economist.com/perspectives/sites/default/files/airbnb_whitepaper_new_jp_2022-03-07.pdf

[3] 観光庁.“訪日外国人の消費動向(2023)”

https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/content/001615363.pdf

[4]日本の国内旅行金額は約20〜35兆円で統計によって幅があるが、仮に30兆円程度と想定。国際観光の金額は2019年に約7兆円である。これを人数ベースでフランス相当(現在の日本約3倍)に拡大できたとすれば21兆円規模となる。さらに高付加価値化を進めることで、金額ベースでも現行の2倍を達成すれば40兆円超となる。国内と合計で70兆円超の規模となる。また、インバウンドは輸出産業(国外からお金を獲得する)である。仮に2018年を例にとると、総輸出額は約82兆円(自動車12.1兆円、半導体4.2兆円、自動車部品3.9兆円、鉄鋼3.4兆円)であり、インバウンドは現在の政府目標(2030年に15兆円)から判断すると、自動車を超える輸出産業になる。

[5] 世界経済フォーラムが2022年5月に発表した「Travel & Tourism Development Index」(TTDI)において、日本が一位を獲得。

[6] 厚生労働省. “厚生労働省 職業情報提供サイト(日本版O-NET)通訳ガイド”. 2022. https://shigoto.mhlw.go.jp/User/Occupation/Detail/114

[7] GLASSDOOR. “Tour Guide Salaries in United Kingdom” 2023-11-28

https://www.glassdoor.co.uk/Salaries/tour-guide-salary-SRCH_KO0,10.htm     

[8] STP 分析とは、①Segmentation(細分化)、②Targeting(標的となる市場の決定)、③Positioning(自地域の明確化)、の 3 つの頭文字をとったマーケティング手法

[9] Boorstin(1962)は旅行者(traveler)と観光客(tourist)は本質的に異なるとし、旅行者が真正なコトを探求しようとする一方、観光客は現地の人々によって催される何か面白いコト、つまり疑似的イベントを待っている人々であるとした。

[10] オーセンティシティとは「『本物』ないし『真実』であるという特質」と定義され、マーケティング関連の文献では「真正性」または「本物感」と訳される。