昨日の内閣不信任案での枝野代表の「消費税減税」発言が大きな話題となりました。しかし、発言の中身を分析すると皆がイメージしているものと異なり、かつ多くの問題を孕んでいるように感じます。少し解説したいと思います。
 立憲民主党のTwitterをみると「①COVID-19による売り上げ減少の影響を最も大きく受けている飲食や観光などの事業に最大の効果が及ぶよう、②当たり前の日常を取り戻すことのできるタイミングを見据えて、③時限的に」と3つの条件が付けられています。①からは全ての財やサービスを減税するのではなく飲食や観光等の業種のものに絞って行うこと、②と③からはコロナ終息後の消費喚起策として期間を区切って行うことが読み取れます。つまり、一般的な消費税減税ではなく、GOTOトラベル/イートの〝消費税減税〟版となるのではないでしょうか。
 いわば〝GOTOトラベル/イート消費税減税〟は果たして合理的な経済対策といえるのか。第一に消費減税の線引きを巡る神学論争が生じます。観光地の土産物店で販売されているお菓子はCOVID-19の影響を最も大きく受けているかもしれませんが、街中のスーパーで販売されているお菓子はステイホームの影響でむしろ売り上げが伸びているかもしれません。一体全体どの種のお菓子を消費減税の対象とするのか気の遠くなる論争と作業が発生するのは目に見えます。ようやく線引きが決まっても、事業者が通常税率、軽減税率、GOTO税率の区分経理を行うシステム改修や値札の貼り替え等の事務負担コストは莫大です。しかし、これらは期間限定ですから、かけたコストに見合うベネフィットは得られません。
 第二に、需要喚起策としての消費減税は富裕層に大きなメリットが生じます。旅行で100万円使える人は3万円の減税効果が生まれるのに対して1万円しか使えない人の減税効果は300円に過ぎません。GOTO事業も富裕層に有利との側面もありますが、金額・回数・所得制限などを設けることでその弊害を抑えることができます。他方で、消費税は事業主が納める税ですから利用者の金額・回数・所得で区別する仕組みは作れません。
 第三に、事業者支援としても適切かとの問題です。先述した事業者に発生する様々なコストに加えて、仕入れが通常税率で売上げは軽減税率の場合、還付までの間は対象事業者の資金繰りが今よりもむしろ悪化します。にもかかわらず、例えばGOTOイートの割引率2割と比べても〝GOTOイート消費減税〟の割引率は僅か3%ですと効果はそう大きなものではありません。
 コロナ禍は新たな二極化をもたらしています。非常に苦しい状態にある企業とその従業員が多数存在する一方、新しい生活様式の中で一部の企業はサービスや製品が飛ぶように売れて過去最高益を記録しています。こうした企業で働く社員の給与やボーナスは変わらないどころかむしろ増えているでしょうが、緊急事態宣言等で飲食や旅行などの消費の機会が限られているので、支出は増えません。実際に家計の預貯金はマクロでみれば増加しています。こうして溜まっている〝ペントアップ需要〟がコロナの終息とともに動き出した場合、自律的にV字回復していく消費を公費で更に後押しすべきなのかは(この点GOTO事業にも共通しますが)慎重に考えなければならないと思います。
 そこで、これからの経済対策に何が必要なのか。コロナで苦境に陥る事業者は無利子無担保融資の支援や納税猶予を受けていますが、1年半にわたって売上が大きく落ち込んでいるため、過剰債務状態となっています。こうした企業がコロナ終息後にペントアップ需要を掴み取れるようにするためには、重くなったバランスシートを軽くして新規借入を容易にし、新規投資や新規雇用に踏み切れる状況にする必要があります。すなわち、事業主の公的債務を大胆かつ速やかにカットすることこそが事業者に新たな希望をもたらすものだと私は思います。無利子無担保融資や納税猶予はまさにコロナ禍で売上が減少した中小事業者が対象となっていますから、線引きの心配もありません。加えて、一律の減税ではなく、税情報を活用してより細かく個人や事業者の所得情報を把握できれば、コロナ禍で所得が急減した個人や事業者にかなり手厚い支援も行えるのではないでしょうか(法政大学小黒一正教授の日経経済教室の記事が参考になります
http://www.kazumasaoguro.com/20210528Nikkei.pdf
)。
 なお、枝野代表が供給サイドを重視する経済対策を「旧来型」と称したのにも驚きました。確かに経済格差の激しい米国では分配を重視し格差を解消しなければ成長に悪影響を及ぼすと議論されるようになりました。その米国から枝野代表の言う「世界的な産業構造の変化」に即応したGAFAが代表する新たな産業が生まれていることは皮肉ですが、それは脇に置いても、私も格差の拡大が経済成長のプラスになるとは思えません。やはり人への投資や分配による格差の解消は社会政策だけでなく経済政策の観点からも必要不可欠です。しかしだからと言って、サプライサイドの重要性が色褪せることはありません。コロナ禍でも比較的好調とされている製造業は半導体の調達というボトルネックに直面していますし、輸入木材の減少とコンテナ船の不足は住宅需要のボトルネックになっています。こうした例を挙げるまでもなく、健全な経済成長のためには我が国のサプライチェーンをいかに発展させていくか、そのためにどのような政府支援や規制改革が必要かは経済に大変重要な視点であり、この視点を持たない政権がこの国を豊かにしていくことはできません。
 「サプライサイドからデマンドサイドへ」は分かり易いですが大変危ういと思います。「コンクリートから人へ」が間違いだと分かり、「コンクリートも人も」となったことを連想させます。経済は「サプライサイドもデマンドサイドも」であるのは間違いありません。