AIIB。聞き慣れない名前ですが、アジアインフラ投資銀行(AIIB)が国際金融の世界で大きな注目を浴びています。AIIBは、2013年10月に中国の習近平主席が東南アジア歴訪時に発表した、「アジアのインフラ需要に応える」ことを目的とする国際金融機関構想です。IMFや世銀等のいわゆるブレトンウッズ機関(※注1)は、第二次世界大戦後の欧米中心の秩序の中で設立された国際機関です。これに対し、中国は、経済力に比して自国の発言権が低すぎると主張してきました。また、アジア開発銀行(ADB)の総裁は設立以来、日本人が独占してきました。こうした中での今回の構想ですから、「既存の国際機関への影響力を思うように行使しえないなら、自国の思い通りになる国際金融機関を作ってしまえ」との中国の意図を勘ぐる見方もあります。当初は、アジア・中東の21か国だけでしたが、設立メンバーとして参加できる表明期限の本年3月末(※注2)を目前に控えて、英国、ドイツ、フランス、イタリアなどの欧州主要国がAIIBへの参加を表明したことから(※注3)、日本として、参加すべきかどうかの判断を迫られています。

 

 AIIBは既存の国際金融機関と異なり、個別融資に理事会が関与しない仕組みを採用する、と言われています。そうなれば、参加国の意思決定を反映しないまま、スタッフレベルで杜撰な融資が実行され、責任の所在が不明確になる恐れがあります。また、受入国の住民理解や環境保護への配慮を伴った融資でなければなりませんが、その担保(セーフガード)が十分になされているかも不透明です。日本が参加する場合は、IMFや世銀等の時と同様、出資国債を発行して資金を調達することになるので、特定の国が恣意的に運営する自称「国際金融機関」であれば安易な参加は慎むべきです。加えて、AIIBの乱脈融資によって、水が低きに流れるが如く、国際金融の秩序が崩れてしまえば、とどのつまり、被支援国の健全な成長を阻害することになります。

 

 他方、AIIBが完全な悪玉であるとも断定できません。懸念材料として、AIIBが設立されれば、ADB等の既存の国際機関と役割が重複してしまうのではないかとの指摘があります。しかし、今後10年間でアジアでは約8000億ドル(800兆円)のインフラ需要があると見込まれていますが、ADBが投資できる資金はせいぜい120~130億ドルです。冷静に考えれば、AIIBが設立されても、競合するよりもむしろ世銀やADBを補完するかたちでアジアのインフラ整備を促す存在になりえます。また、IMFや世銀は本部もトップも欧米が独占してきました。ブレトンウッズ機関改革が叫ばれていても、欧州の投票シェアが過大評価され、また、米国も拒否権を手放さず(※注4)、新興国が納得するような自己改革を長期間怠ってきた面も否めません。さらには、投融資やプログラムが受入国の経済状況に適っていないとの批判もあります(※注5)。IMFや世銀と同様の役割を担うライバルの国際金融機関が誕生することによって、緊張感が生まれ、既存の国際金融機関の改革が進むことも期待されます。

 

 「日本企業のビジネス上プラスになるから参加すべき」との視点で安易にAIIBに参加するべきではありませんが、「中国中心の機関だから参加すべきでない」というのも視野狭窄な主張です。日本の対中戦略は、両国間の戦略的互恵関係を発展させることと、国際社会において中国に大国としての責任ある立ち振る舞いを隣国として促していくことです。したがって、AIIBがアジアの健全な発展に貢献しうる機関になり、アジアの安定的な発展のもとで日本がその利益を享受できるよう行動していくのが、日本の採るべき立場です。それを外から促したほうが効果的なのか、価値観を共有する欧州各国と協働し内側から変えていくほうが賢明なのか、政府には、日本の国益に合致した臨機応変な交渉を政府にはお願いしたいと思います。

 

※注1:第二次大戦中の1944年7月に連合国44か国が米国ニューハンプシャー州ブレトンウッズに集まり、第二次大戦後の国際通貨体制を話し合う会議を開きました。その場で国際通貨基金(IMF)協定などが結ばれ、国際通貨制度の再構築や、ドルと金を固定レートで交換することによってドルを基軸通貨とし、為替レートを安定化させる取り決めなどが行われました。1971年のニクソンショックによって固定レート体制は崩壊しましたが、IMFや世銀などの国際機関は現在も引き続き世界の通貨政策を主導しています。IMFのトップ(専務理事)には欧州出身者が、IBRDの総裁には米国出身者が就任することが不文律となっています。

 

※注2:設立メンバーには出資比率以上の投票権が与えられる特典がある、とも言われています。

 

※注3:その後も新たに、韓国、トルコ、台湾が参加を表明しました。

 

※注4: IMFは加盟国の出資金を原資に活動しています。重要事項の決定は85%以上の賛成が必要とされています。各国は出資比率に応じた投票権を持っていますが、出資比率の変更にも機関決定が必要なため、急成長を遂げた中国も、経済規模ではその1/5程度のイタリアと同程度の投票権しか持っていません。一方で米国単独で15%以上の投票権を持っているため、実質的にアメリカだけが拒否権を行使できる状況が続いています。2010年に合意された出資比率の改革もアメリカ議会の反対によってなかなか前進していないのが現状です。

 

※注5:アジア通貨危機の際、インドネシアのスハルト大統領のIMF申請を腕組みして見下ろすカムドシュIMF専務理事。IMFは融資を行う場合には、経済再建の条件を課し、その履行を義務付けています。IMFと新興国との立場を表す象徴的な写真です。
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