アレシナの法則をご存知でしょうか。米ハーバード大学のアルバート・アレシナ教授は研究の中で、過去の40年間にわたって各国の財政再建の取り組みを詳細に調査しました。その結果を受けて、アレシナ教授は、成功した事例と失敗した事例において、歳出削減の努力と歳入増の努力の比率に一定の法則性があった、ということを主張しています。財政再建に成功した国では歳出削減と歳入増の財政改善に対する貢献度が7:3であったのに対して、財政再建に失敗した国では、それが4.5:5.5であった、ということです。その一点だけを取り出して、財政再建のために議員定数削減や公務員削減など身を切る改革を断行すべきだ、公共事業・公共投資を削減すべきだと一部の政党は主張しています。

ところが、アレシナ論文には続きがあります。アレシナ教授の調査をより子細にみると、社会保障の削減や公務員数の増加抑制を行った国が財政再建に成功し、公共事業などの公共投資を削減した国はむしろ財政再建に失敗しているのですでは、日本も社会保障の削減や公務員の削減を行なえば良いのでしょうか。日本の社会保障費の増加は世界に類を見ない高齢化を背景とするものであり、これまでの社会保障給付策のもと、日本の社会保障支出をGDP比でみると既にG7平均を下回っています。また、公務員の数についても、国民の4人に1人が公務員であるギリシャと異なり、日本の公務員の数は、ピークの平成6年から比べると7割近くに減っています。日本はOECD加盟国の中で国民千人当たりの公務員数が最も少なく、米国や英国の半分近くとなっています。絞り切った雑巾のような我が国の歳出構造から更にまとまった額の予算を削ろうとすれば、高齢者の医療、介護や年金の給付を大幅にカットする、あるいは消防や警察等の災害や防犯を司る現場の職員を大幅に減らすなど、国民生活に支障が出ることも覚悟せねばなりません。

さらに、アレシナ論文は、歳出削減を通じて国債の信用度が高まることにより長期金利が低下し(=民間投資を増やし)、総需要の減少をカバーしたと分析していますこれも果たして日本に当てはまるのでしょうか。我が国ではご案内のとおり長期金利はかなり低い水準にあり、歳出削減したところで更なる長期金利の低下を期待することはできません。

 歳出削減が必要ないというつもりはありません。官僚機構は肥大化する「パーキンソンの原則」が示しているとおり、官僚機構は常に無駄を生み出してしまうものです。時代に合わなくなった予算や、効果の上がらない予算が無いか常に検証し、果断に削減する努力は必要です。小倉まさのぶも自民党の無駄撲滅プロジェクトチームの一員として、その努力を続けていくつもりです。ただ、それが、日本の財政健全化をそれだけで達成してしまうほどの大きな歳出の削減を実行しうるかは別問題です。さらに言えば、各国を比較分析してその集合体から一般則を導き出している経済学の論文が日本にも当てはまるかどうかは慎重に検討しなければならない、とも思います(これは、最近のトマピケティ論文を巡る主張にもあてはまりますが)。

 では、どうすれば良いのでしょうか小倉まさのぶは「歳出削減をすれば財政再建できる」との過激で単純な主張を止め、経済成長・歳入改革・歳出削減を組み合わせた、より穏健で堅実な主張をすべきだと考えています。急激な歳出削減は需要不足を招きデフレに逆戻りする危険性を孕んでおりますので、必要な公共投資は行い需要を下支えしつつ、その間、民間主導の投資にバトンタッチしていく。企業活動を拡大し、日本の雇用が増えていけば、自然と法人税や所得税も増えていきます。歳入改革については、アレシナ論文の中に、保険料や所得税の引き上げよりも、法人税の課税ベース拡大や消費増税によるほうが財政再建の成功率が高いとの示唆があります。各国と比べて直接税の割合が高い日本の直間比率の是正や、租特等の例外措置の多い日本の法人税制をより公平かつシンプルなものにする改革が必要だと思います。


人口あたり公務員数の国際比較

各国の人口当たりの公務員数の比較(※社会データ実情データ図録より)。日本は既にかなり少ない。

 


基礎的財政収支の推移
基礎的財政収支(プライマリーバランス)の推移。自民党が政権に復帰してから改善傾向にある。