負けているときこそ見える「ファンの本音」応援しているチームが負けた日って、正直しんどいですよね。
試合を見終わったあと、なんとも言えないモヤモヤが残る。
「なんであそこで…」とか、「もっとやれただろ…」とか。
その気持ち、すごく普通だと思います。
でも同じ試合を見ていたはずなのに、気づくと周りにはまったく違う反応が並びます。
誰かは選手を強く叩いていて、誰かは「次こそ!」と前を向いている。
この違いって、どこから来るんでしょうか。
ついキツい言葉が出てしまうとき負けが続くと、だんだん余裕がなくなってきますよね。
最初は「惜しかったな」で済んでいたのに、いつの間にか「ありえない」「何やってるんだ」に変わっていく。
期待しているからこそ、裏切られたように感じてしまう。
好きだからこそ、感情が大きく動いてしまう。
そしてその感情の行き場がなくなると、つい強い言葉として外に出てしまうことがあります。
しかもSNSだと、同じように怒っている人の声がたくさん見える。それを見ているうちに、「自分も言っていいんだ」と感覚が麻痺してしまうこともある。
本当はただ悔しいだけなのに、気づけば誰かを傷つける言葉になってしまっている。
これ、珍しいことじゃないと思います。
それでも応援し続けられる人一方で、同じように悔しいはずなのに、不思議と前を向いて応援し続けられる人もいます。
たぶんその人たちは、「勝っているから好き」なんじゃなくて、**「好きだから応援している」**んですよね。
だから負けた日でも、「今日はダメだったな」で終われる。
チームそのものを否定するところまでいかない。
もちろん悔しさがゼロなわけじゃない。
むしろちゃんと悔しがっている。
でも、その感情を誰かにぶつけるんじゃなくて、「次こそは」という期待に変えている。
そして何より、うまくいかない時期も含めて、そのチームを見ていたいと思っている。
自分はどっちなんだろうこれって、「どっちが良い・悪い」と単純に切れる話でもないと思います。
正直、どんな人でも心が荒れる瞬間はある。
ずっと冷静でいられる人なんて、そんなに多くない。
でもひとつだけ言えるのは、そのときに出した言葉って、ちゃんと残るということです。
誰かを傷つける形で感情を出すのか、それとも応援として外に出すのか。
その積み重ねで、同じ“ファン”でも、だんだん立ち位置が変わっていく気がします。
たぶん、シンプルな話結局のところ、すごくシンプルなのかもしれません。
うまくいっているときだけ好きなのか。
それとも、うまくいかないときも含めて好きなのか。
負けているときの自分の反応って、その答えがそのまま出る瞬間だと思います。
最後に応援って、楽しいだけじゃないですよね。
むしろ、しんどい時間のほうが長いかもしれない。
それでも見続けてしまうのは、やっぱりどこかで「好き」があるからだと思います。
だったらその気持ちを、できれば誰かを傷つける形じゃなくて、支える形で出せたらいい。
負けた日こそ、その人の“ファンとしての本音”が出る。
だからこそ、自分がどんな応援をしたいのか、少しだけ考えてみてもいいのかもしれません。
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