その先生は若い頃、一度手術に失敗しかけてから、手術が怖くなった時期があるそうです。「自分は優秀な選ばれた存在だからできる」と自らを鼓舞して、言い聞かせたそうです。ある種の興奮状態で手術していたと。

 しかし、どこかの温泉か大浴場で裸の人たちを眺めながら「自分はこの人たちとまったく変わらない。今までの自分は奢っていた」と気づいたそうです。それからは解剖学的な興味から、人々の骨格や体格の特徴が分かるようになるまで通ったそうです。一般の人と交流するようになると、患者さんからも親しみやすくなった言われ、手術にも冷静に臨むことができるようになったそうです。


 ここで終われば「いい話」ですが、そうはならないところが、この先生の面白いところ。「女性の身体はさすがに風呂屋では見れないから、風俗に通うことにしたんだよ」と真面目に言うのです。本当は「清潔か分からないし、性病にもかかりたくないから行きたくなかった。でも、男性と女性は身体の構造が違うことを、頭で理解するのと、身体で理解するのではまったく違う。もっと女性の身体について学ぼう」と店に行くようになったと。特定の相手を決めず、老いも若きも、痩せていようと、太っていようと、綺麗かそうでないかは二の次で、色々な女性から「吸収させてもらった」そうです。もちろん解剖学的な興味だけでなく、性的欲求も満たしていたそうですが。しかも、まだ現役らしい口ぶり。「奥様はご存知なのですか?」と聞くと「もちろんだよ。最初は泣かれたけど、オレの仕事に必要だから行くんだ、これは浮気じゃない」と言ったら理解してもらえたそうです。さすが昭和の男性ですね!奥様にはかわいそうだけど、私もきっと説得されちゃうだろうな、と思いました。


「だからオレは、皆さんが服を着ていても、どんな身体つきか、筋肉や骨まで、だいたいの目安がつくんだ、X線の目をもっているんだよ」と得意気に私たちをジロジロ見るので、こちらは落ち着かない気分になりました。

 

 重鎮の先生の中には「◯◯の技術では右に出る者がいない」とか、冷徹な完璧主義者、短気で怒りっぽい、という方もいました。しかし「自分の若い頃」の話をしてくださった先生は、人間味に溢れていて「この人のためにも、お仕事をがんばろう。学術集会が盛会になるよう、全力を尽くします」という気持ちになりました。



写真に写っている医療機関は本文と関係ありません。