悲惨物語

悲惨物語

私のここ2年間に受けた悲惨な物語を綴っていきます。
幸せな話も混ぜながらお送りしていきます。
因みに悲惨な物語は今も続いているので最新の話も書いていこうと思います。
よろしくお願いします。

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との事で私が決断したことがあります。

今回はそれについてお話していこうと

思います。

私はずっと考えていました。

本当にどうするか。

ずっと悩んでいましたが、

やっと覚悟を決めました。

それを昨日、に伝えました。

はいい所よりも

悪いところの方が目立つ人です。

私はもう耐えきれませんでした。

今月中に変われなかったら

別れる。

私はキッパリ言いました。

は自分がクズな人間だと認めているので

あっさりと承諾しました。

正直、私はが変わらなければ

それはそれでいいと思っています。

私はこの選択を間違っているとは思いません。

応援していただけると嬉しいです。



一昨年の私の誕生日。

 

ちょうどその日には実家を追い出されました。

 

私はほっとくこともできなかったので

 

「とりあえず私の車で良かったら使って」と言いました。

 

実はその日から今の今までずーーーーっとは私の車で生活しています。

 

それに、は一人で寝ることができないので、

 

私も一緒に車で生活をさせられています。

 

は石垣から帰ってきたばかりなので勿論仕事はしていません。

 

私がずっと養ってきました。

 

の食費、娯楽費、デート費

 

すべて支払っていたら

 

借金が80万円以上にも膨れ上がっていました。

 

この借金を減額するために弁護士にもお願いし、費用として15万円も払いました。

 

もちろん、私の力だけでです。

 

には何度も仕事をするように言いましたし、

 

も面接には行っていました。

 

ですが、やはりの住所(実家)が勤務地よりはるかに遠いため

 

なかなか受かりません。

 

受かっても何故かはやめてしまう。

 

そんなことの繰り返しで私は鬱病になり、仕事をやめました。

 

今もニートです。

 

どうして私があの人のために自分のやりたいことを我慢して養わないといけないのか、

 

そんなことを考えていると生きる意味が分からなくなりました。

 

つい先月のお話ですが、

 

はほかの女に

 

「かわいいね、写真送って、会いたいな」

 

などと送っていました。

 

私はこれを浮気とみなし別れるように言いました。

 

なのにどうして今も一緒にいるのでしょうか。

 

自分でも訳が分かりません。

 

を今後も信用していいのでしょうか・・・

 

 

 

 

が石垣から帰ってくる日が来ました。

 

私は仕事を早めに切り上げ、空港までを迎えに行きました。

 

半年ぶりぐらいの再開でした。

 

二人でお昼ご飯を食べて、夜友人の経営しているbarに行きました。

 

楽しく過ごし、夜も更けてきたので、解散しようか。と言いました。

 

ですがは「今日は帰る場所がない」と言いました。

 

私は実家暮らしでしたが、仕方がなかったのでうちに呼びました。

 

に聞きました。

 

どうして帰る場所がないのか。

 

は家族に嫌われているということを知りました。

 

石垣にリゾートバイトをするという名目で家族から逃げた。

 

まさか石垣から帰ってきてからそんな大切なことを話されるとは思っていなかった私。

 

正直どうしたらいいのかまったくわかりませんでした。

 

とにかく次の日に実家に帰ってもらいました。

 

私は罪悪感でいっぱいでした。

 

そんな事情を知らず、帰阪させてしまった。

 

そんな気持ちでいっぱいでした。

 

そして1か月後には実家を追い出されるのです。

 

それが私を今の今まで苦しめるとは思いもしませんでした。

 

 

との出会いは一昨年の6月ぐらいでした。

 

友人が主催のボードゲーム交流会に参加した私。

 

当時、私には彼氏がいて、その彼氏と一緒に参加しました。

 

は遅れてやってきました。

 

第一印象はかなり悪く、

 

チャラい、お酒をたくさん飲む、声がでかい

 

ですが、同い年と言うこともあり仲良くなりました。

 

(後から聞くとこの時すでに私の事が気になっていたとか・・・)

 

その交流会後はTwitterで話したりする程度でした。

 

当時付き合っていた彼氏には浮気され、10万円以上もお金を貸していたにもかかわらず、

 

返却されず、音沙汰なしになりました。

 

そんな時今のから連絡がきました。

 

心配してくれている様子でした。

 

それから色々話を聞いてもらって仲良くなり、付き合うことになりました。

 

は言いました。

 

「今石垣におるねん。帰阪したら一緒に住まへん?」

 

凄くうれしかったです。

 

当時の私はこれが悲劇の始まりだなんて思いもしませんでした。