お正月ということで、帰省してきた次男と母に会った。
「久しぶり」という言葉では追いつかないほど、時間は流れていた。
積もる話はいくらでもあるはずなのに、三十年ものあいだ会うことのなかった兄と向き合うと、会話はどこかぎこちない。
何より驚いたのは、兄の話すイントネーションだった。
東京・町田に住んでいることはFacebookで知っていたが、関西弁はどこへやら。
「関西弁、忘れたんか?」と心の中でつぶやくほど、すっかり関東のそれになっていた。
話の流れで、次から次へと知らなかった事実が明らかになる…
子どもが一人いて、すでに26歳になっていること。
昨年11月に熟年離婚したこと。
その元奥さんが同郷で、しかも長兄の元カノだったこと。
競艇で借金を抱えていたこと。
そして、その借金をすべて長兄が肩代わりして返したこと。
長兄からすれば、踏んだり蹴ったりだ。
自分だけが何も知らされていなかった。
その事実が、じわじわと込み上げてくる。
怒りというより、やるせなさ、疎外感、そして落胆。
長兄が付き合っていた時期と、次男が付き合い始めた時期が半年ほど重なっていたこと以外は、まあ許せる範囲だと思っていた。
(母もその部分が一番許せないことだったと言っている。)
しかし長兄は「どっこいどっこいだった」と言う。
何が、どっこいどっこいなのか?
ちょうどその頃、私は離婚し、その延長線上でゲイである事のカミングアウトをしていた。
「どいつもこいつも…」と、兄は呆れていたらしい(笑)
今となっては、笑い話のように語られたが…
そして、あれからちょうど30年。
私には、どうしても一つだけ確かめたいことがあった。
「母が危篤だと連絡したのに、無視したことだけは許せない」
そう伝えると、意外な返事が返ってきた。
「メールは届いてない。
母ちゃんが危篤だったら、真っ先に帰るよ」
関東のイントネーションで、そう言った。
💡✨
たぶん、長兄の画策なのだろう。
ずいぶん時間は流れてしまったが、
一番深く傷ついていたのは、

