日本の国家債務問題
いま世界の金融界はギリシャの債務不履行の話題でもちきりだ。破綻回避に向けたギリシャとEUの話し合いは、市場の楽観的な予想を覆し決裂した。国民投票でもギリシャは緊縮財政にNOを突きつけ、その影響で国債価格は暴落した。最終的になんらかの妥協を得られるだろうが、ギリシャ経済の混迷はしばらく続くだろう。翻って日本に目を向けてみると、2015年度予算の概算要求は過去最大の101兆円台に達し、累積債務残高は1039兆円を超えた。これはGDPの234%という途方もない数字であり、ギリシャと事情が異なるとはいえ、決して対岸の火事として楽観できる数字でもない。日本は少子高齢化や内需の低迷、国際競争力の低下など数多くの問題を抱えているが、いま最も解決すべき課題はこの巨額な国家債務の処理に他ならない。今回の記事では、この国家債務問題について取りあげてみようと思う。日本は毎年、巨額の予算を組むために国債を発行しているが、長年にわたる国債の発行により累積債務残高は年々膨れ上がっている。破綻に向けたエネルギーは着々と蓄えられ、ひとたび市場が返済不能と判断すれば、日本国債はたちまち売りに出され、薄皮のような信用の上に成り立っていた国債は暴落し、日本は財政破綻へ向かうだろう。現在、国債の金利は安定し、我々はなにごともなく平穏な生活を送っているが、いつ国債暴落のトリガーが引かれるのか、それは誰にも分からない。しかし、政府は累積債務残高が危険水域に入っていることを認識していながら、いまだ過去最高額となる大型予算を組み、国債を発行し続けている。2015年度予算が過去最高を記録した背景には、高齢化で年金や医療などの社会保障費が膨らんだこともあるが、最終的に総額を押し上げたのは、約4兆円にのぼる特別枠である。この特別枠は表向き成長戦略や地方創生を目的と謳っているが、実際には今年4月に実施された統一地方選を睨んだバラマキ政策にすぎない。安倍政権の第3の矢が不発に終わり、政策のアイデアが行き詰まる中、地方振興という名目で4兆円もの国家予算が自民党の選挙対策に使われたのだ。それが効果を発揮すればまだいい。しかし、世界を見渡しても都市化が進行した国でバラマキ政策をやって、地方が創生した例はない。人気取りのバラマキ政策により国の財政基盤はさらに悪化し、破綻のエネルギーは着々と蓄えられているのだ。そもそも40兆円の税収しかないのに100兆円の予算を組んでいれば、綻びが出るのは当たり前である。現在の日本は借金をすることによって、収入に見合わぬ身分不相応の豊かな生活を享受しているに過ぎない。日本は昨年15~64歳の生産年齢人口が116万人も減少した。今後、少子高齢化によって税金を納める就業人口は、毎年約80万人ずつ減少するといわれている。現在は現場の人手不足といった事情から定年を引き伸ばし、かろうじて毎年40万人ほどのマイナスに抑えられているが、それも長くは続かないだろう。国の借金が膨れ上がる一方、税金を納める就業人口が毎年80万人ずつ減っていくのだから、今のうちになにか手を打たなければ間違いなく手遅れになる。しかし、そんな危機感は国民にも政治家にも感じられない。この債務問題最大の問題は、このような現実に対する危機意識の低さにある。国民全体がこの問題に対し知らぬ顔をしている。なぜ知らん顔をしているかといえば、どうにかしようにも答えがないということを誰もが薄々感じているからだ。国家債務の問題が深刻であることは、国民も重々承知している。しかし将来を案じてなにをするかといえば、ひたすら貯蓄に励んでいる。つまり将来が不安だからお金を使わないのだ。そして日本人のほとんどは資産運用のノウハウを持たないため、銀行や郵貯に預金している。そのため家計の金融資産総額は2014年時点で1694兆円にも及んでいる。そして銀行や郵貯は、国民から預かったこの巨額の金融資産をどのように運用しているかといえば、その多くを国債の購入に充てている。我々が将来に備えて預けたお金は国債の購入費用に充てられ、国はその国債と引き換えに得た資金を元手に、景気対策として公共事業費をばら撒いているのだ。そのお金は砂地に水を蒔いたのと同じで、もう戻ってはこない。そんなことがもうかれこれ30年近く続けられている。そして、その積み重ねが現在の巨額な累積債務となっているのだ。1039兆円もの巨額な債務を抱えながら、いまもなお何事もなく安穏としていられるのは、1694兆円という巨額の金融資産が借金の元手になっているからに他ならない。ひたすら貯蓄に励む国民性が政府の無駄遣いを助長し、国家債務問題に薪をくべてきたのだ。しかし、日本はこれから高齢化がより進行し、日本人の貯蓄性向も年々低下していくだろう。この先、年金生活者が貯蓄を取り崩すに従い、国家債務を支えていた金融資産は徐々に目減りし、国債を消化する能力が衰え、否が応でも国家債務問題は顕在化する。そして返済不能と判断された時、国債は暴落する。いつまでも薪をくべていられるわけではないのだ。では今後、日本はどのように国債問題を解決していけばいいのか。基本的に国債問題を解決するアプローチは単純、かつ選択肢はふたつしかない。ひとつは歳出を抑えること。つまり税収40兆円に対して、国債の利払いだけで26兆円もあるのだから、実質的に使える税収は14兆円ほどしかない。その範囲に歳出を抑えれば、とりあえず流血は止まる。ギリシャ以上の超緊縮財政に移行せざるを得ないから、抜本的な行政改革が不可欠になる。もうひとつは歳入を増やすことだ。要するに増税である。大幅な税収増が見込めるのは消費税だが、単純計算で消費税を20%程度に引き上げなければ破綻は回避できない。超倹約か、超増税か、あるいはその併用か。基本的に国家債務問題の解決策はこれしかない。我々が理解しなければならないのは、これだけ肥大化した累積債務を、なんの苦しみもなく解決する魔法など存在しないということだ。ところがこうした議論を真正面から訴える政治家はほとんど現れないし、マスコミが本格的にこの問題を取り上げることもない。従ってこの超難問を解決しようという国民的議論すら立ち上がってこない。これはなにも日本だけの問題ではない。フランス大統領選ではようやく倹約に本腰になった前大統領のサルコジが敗れ、そんなことをしなくても景気をよくすればいいと訴えたオランドが勝利した。しかし、いざ蓋を開けてみると打つ手なしで就任早々、八方塞がりの状況に追い込まれている。ギリシャも同じ。緊縮財政に反対する野党が選挙で大勝を収めたものの、『自分の身も切らずに他国の支援を頼るとは何事か』とEUに突き放され、結局は財政破綻か緊縮財政かという状況に追い込まれている。このように事態が悪化していく局面では、耳障りのいい言葉を並べ立てるリーダーが選ばれやすく、結果として改革は立ち遅れ、取り返しの付かないところまで転がり落ちていく。これがアメリカやドイツなら『このままだと我が国は〇〇年先に財政破綻の可能性がある』という前提で議論を始め、あらゆるデータを駆使して現実的な観点から論理的な解決策を導き出そうとするだろう。しかし、日本では散発的な問題提起はあっても、それが本格的な議論に発展することはなく、国民もメディアも見て見ぬフリをしている。戦前戦中のような“臭い物に蓋をする”国民性はそう簡単には変わらないのかもしれない。安倍政権はといえば、GPIFや日銀に日本株を買い取らせ、株価を吊り上げて好景気を演出したり、裏付けや実効性に乏しい『成長戦略』や『地方創生』といった耳障りのいいフレーズを用いて国民に期待を持たせ、お茶を濁している。まるで『景気は気から。景況感さえ良くなれば自然と景気も良くなる』と言わんばかりだが、現実はそんなに甘くはない。それどころか頼りの景況感は、政府が発表する威勢のいい指標とは裏腹に、相変わらず低迷が続いている。国民がアベノミクスの魔法から目を醒ます日もそう遠くはないだろう。就任当初、掲げていた『財政再建』や『財政の健全化』も自分には荷が重いと悟ったのか、最近ではすっかり口にしなくなった。もはや彼の頭には憲法改正で歴史に名を刻み、面倒なことは後世に先送りして勝ち逃げすることしか頭にないのだろう。こうして財政再建はどんどん後回しにされ、手遅れになっていく。ここまでくると果たして財政再建に取り組む総理大臣が現れるのかすら疑わしい。しかし、財政再建の話題になると必ず『日本は破綻しない』『破綻しても超円安ですぐに持ち直す』と言う者が現れる。それは本当なのか?いくつか紹介しながら、自分なりの意見を加えてみようと思う。『 日本国債は国内消化率が高い(外国人保有率が低い)から財政破綻はしない 』現時点で日本国債はその92%が国内で消化され、外国人保有率は8.4%となっている。割合としては確かに低いように思えるが、この8.4%というのは額にすれば国家税収のおよそ2倍に当たる84兆円という巨額の数字になる。しかも、そのほとんどが流動性の高い短期国債が中心となっている。もし外国人投資家が保有する84兆円もの国債が売りに出されれば、国債金利の上昇という形で国債の暴落リスクが顕在化し、新たな国債の引き取り手を探すことは困難になるだろう。さらに21兆円の国債を保有する国内の個人投資家も、暴落リスクが顕在化すれば、追随して我先にと損切りに奔る可能性は否定できない。また、最近は国内の金融機関も国債のリスクを減らそうと、長期国債から短期国債へ切替える動きも目立っており、危うくなったらいつでも国債を売り抜けるよう、流動性を確保して暴落リスクに備えている。つまり、たった8%といえどそれが引き金となり、市場心理を圧迫して連鎖反応的に国債暴落へと繋がる可能性は充分にあるといえる。『 日本政府は多額の資産を持っており、債務総額から資産を差し引いた純債務の額はそれほど大きくない 』日本は653兆円という多額の資産を保有しており、債務総額が1039兆円でも、債務から資産を差し引いた純債務は386兆円に過ぎず、まだそれほど問題となるような額ではない。それが彼らの主張である。しかし、資産の内訳を見れば、資産の大半はそもそも売却して国債の返済に充てられる類のものではないことが分かる。たとえば年金積立金(121兆円)は、将来の年金給付のために積み立てられているものであり、それを借金の返済に充てることは、すなわち年金制度の崩壊を意味する。また、運用先の6割は国内債券と国内株式であり、資金を引き上げた場合の市場への影響も計り知れない。また、国道や堤防、ダムなどの公共設備(130兆円)はそもそも売却の対象にはなりえず、売却するにしても価値も買い手もいない。出資金(58兆円)も同様で、これは国立行政法人や国立大学、国際機関に対する出資であり、そもそも市場で売買する対象ですらない。外貨証券や財投債などの資産(221兆円)に関しては、たとえば日本は多額の米国債を持っているが、それを売却するとなれば米国も巻き添えにした世界恐慌を引き起こす恐れもあり、現実的には慎重にならざるを得ない。つまり資産の大半は、家計の固定資産や有価証券のように、売却して減債に充てられる類のものではないということだ。『 財政破綻すれば通貨は暴落し、通貨安が輸出産業を活性化させ、バブル期のような好景気で日本経済はすぐに持ち直す 』確かに通貨安は、長期的に見れば輸出産業の活性化に繋がる可能性がある。しかし、短期的に見れば海外から輸入する燃料や食料品、原材料の価格高騰に繋がり、ハイパーインフレを引き起こすだろう。それが国民生活を破壊し、企業収益を圧迫することは避けられない。たとえば財政破綻によって物価が急上昇すれば、年金受給者への支給額が物価に連動して増加する可能性は極めて低く、生活苦に陥ることが予想される。さらに生活費の不足分を貯蓄で補填しようにも、殺到する預金引き出しに銀行が対応しきれず、一時的な預金封鎖も行われるだろう。また、多額の国債を保有していた銀行は、国債の暴落により生じた損失分の預金カットに踏み切る可能性も高い。急激な物価上昇と預金封鎖で、年金生活者が経済的に困窮することは想像に難くない。また、若年層に多い貧困層も急激な物価高には耐えられず、経済的にとどめを刺される者も少なくないだろう。また、長期的に見て円安によって日本経済が上向くかといえば、ことはそんな単純でもない。確かに過去に経済破綻した韓国やアルゼンチンでは通貨安によって輸出産業が活性化し、急速に経済の再建が進んだ。しかし、日本で同じことが起こるかといえば、日本は長年にわたるデフレや円高で、製造業の多くが工場や販売拠点を海外へ移転してしまっている。だから、円安によって輸出が活性化するのは、国内に残った自動車産業や部品産業などごく一部の産業に限られるだろう。実際、安倍政権による円安政策で1ドル90円から120円になっても、その恩恵を受けて収益が伸びた企業は自動車産業などのごく一部にすぎず、輸出額はほとんど伸びていない。むしろ燃料費などの高騰により、貿易収支は黒字どころか赤字幅が増加しているのだ。また、円安を背景に工場などの生産拠点が日本に回帰する可能性も考えづらい。そもそも企業が海外に拠点を移すのは円高もあるが、安い労働力を安定的に確保するためであり、今後発展が見込める市場のそばに生産拠点を構えることで、輸送費を抑え、供給の効率化やスピード化を図り、グローバル市場で有利に戦うためだ。現在の日本で月給数千円の人件費を実現するのはまず不可能だし、これから労働力不足が深刻化し、法人税も高い日本へわざわざ戻ってくることは考えづらい。結局、日本が破綻しようがしまいが、企業は安価で豊富な労働力を求めて途上国を転々とするだけだろう。『 日本国債は日本銀行が無制限に買い支えれば暴落しない 』日本国債はこれまで主に国内の金融機関が買い支えてきた。しかし、ここにきて日本銀行が積極的に国債の購入に乗り出している。国債はある時期、暴落のリスクが顕在化(国債金利が上昇)し、それをみた安倍政権は日銀に国債を購入して金利を押し下げるよう圧力を掛けた。それを受けて日銀は国債の買い入れを積極的に行った。では、なぜ日銀が大量の国債を購入できるかといえば、日銀が通貨を大量に発行しているからだ。2012年12月の安倍政権発足前に132兆円だったマネタリーベース(日銀が発行した通貨の量)は、2015年6月時点で307兆円にも達している。つまり日銀が通貨を大量に発行し、その現金を元手に国債を買い上げ、辛うじて国債の暴落を食い止めているのだ。しかし、これは人為的な延命措置を施しているに過ぎず、未来永劫続けられるものではない。日本が破綻しないと主張するその根拠は、このように日銀が際限なく輪転機(紙幣の印刷機)を回して紙幣を発行し、そのお金で国債を買い支えれば事実上、無制限に国債を発行できる、要は限度額なしで借金できるという理屈だ。もちろん理論的には日銀が紙幣を発行し続けている限り、国債を買い支えることは可能だろう。しかし、それは無制限ではない。日銀というのは“通貨の信用創造”を担っている。通貨というものは本来、市場のなりゆきに任せ、その信用が保たれる範囲で発行するものであり、もし国債購入を目的に通貨を無制限に乱発すれば、通貨の信用は失われ、通貨の暴落という最悪の事態を招くだろう。では、日銀がどこまで通貨を発行可能なのかといえば、これが非常に曖昧で、簡単にいえば『通貨の発行量が国の生産力に対して身の丈に合ったものである、と市場が判断する範囲内』ということになる。つまり市場が『日銀は明らかに経済の身の丈に合わない大量の通貨を発行している』と判断すれば、通貨の信用は損なわれ暴落する。現在、日本がこれだけ大量の通貨を発行しながら、円の価値を維持し続けていられるのは、過去の政権が経済の実態に対して控えめに通貨を発行し、余力があったからであり、日本経済がまだ依然として高い生産力を持っている、と市場に判断されているからだ。しかし、現実の日本に目を向ければ、長年にわたる円高やデフレの影響により、企業の海外移転が進んで産業は空洞化し、国際競争力も低下している。また、長引く不況で内需は低迷し、少子高齢化による就労人口の減少で人手不足も深刻化している。この状況は今後、改善されるどころか悪化していく可能性が高く、一刻も早く適切な手を打たなければ、生産力の低下は避けられない。そんな状況で累積債務が膨らみ続ければ、市場はいつか『返済不能』という判断をくだす日が訪れるだろう。その場合、日銀が国債の暴落を阻止しようと無理な通貨の発行を続ければ、円は市場で信用を失い、通貨の暴落が発生する。それがハイパーインフレを引き起こし、国民生活を破壊する実質的破綻状態に陥るだろう。そもそも通貨を無制限に発行して国債を買い支えることが可能なら、財務省も日本政府もわざわざ国民の反発を買ってまで消費増税をする必要などないのだ。結局、この手の楽観論は財政破綻という現実を直視できない人たちによる現実逃避の詭弁にすぎない。しかし、いくら臭いものに蓋をしたところで現実はいずれ否が応でも突きつけられる。であるならば、しっかりと現実を直視し、国民が知恵を出し合って破綻回避の方法を探るなり、可能な限りのソフトランディング(軟着陸)を目指すほうが賢明ではないか。問題から逃げているうちは問題の解決などできないし、問題がひとりでに解決することもないのだ。