人には「限界」がある。

俗世とは少し離れた場所で一人で凝り固まっていると、信じる物が無ければ明日が見えなくて怖くなってしまう。

そんな怖さが変に自分の正義をふりかざすような人間になってしまったようだ。


そんな事を気付かされる1場面。

最近「頑張れ」って言葉は一概に使うべきでは無い言葉だと言うのが身にしみて痛い。

頑張ろうとどれだけ努力したって、頑張れない人だっているし自分の達する所には届かない人だっている。

昔はあんなに文の最期に使えてすべてはそれでうまく完結していたのに、少し大人になった今「頑張れ」って言葉は相手をしっかり把握して言うべき言葉なんだろう。
言われなくても誰だって頑張ってるのだ。そんな思いが大人になって増えていくのと同時に。


それでも「頑張れ」って言葉はいろんな所に派生していると思う。

一方面に限界を感じているならまた違う方面で頑張ればいい。今がいっぱいいっぱいなら、余裕のある時にもう一度思い返してみたなら、もしかしたらもう一回、今以上いけるんじゃないかみたいな気持ちの余裕から生まれる新たなやる気がうまれるかもしれない。


人は“一生懸命頑張って頑張って”最期は死んでいく生き物だと誰かが言っていた。


頑張る事が宿命だから言われなくても頑張るし、それでも何ででもいい、頑張ってほしいからあえて「頑張れ」と今言おう。