決して遅い時間に起きたわけではなかった。集合時間に対しての起床時間が遅かっただけだ。いずれにしても予定より1時間起きるのが遅かった。小川は後輩のONYに待ち合わせを30分遅くしてもらえるよう、LINEでメッセージを送った。もうすぐONYは家を出る頃だ。



8:56「メンゴ。集合時間を10時30分に変更させてください。。。」



 後輩に対し、少し下手に出過ぎたかなと小川は己のお人好しぶりを悔い、恥じた。すかさず思いをLINEのメッセージに反映させた。

 

8:57「たとえ『嫌です』と言われても俺は10時30分に行くがな!バーカ!」




 しおらしい一通目から一転、二通目はふてぶてしく。
 出発の準備を進めていたであろうONYから「これはそうするしかないですね」と返ってきた。
 

 駅の地上出口でONYは先に待っていた。小川は気づかれぬようにそーっと近づき、背後からのテキサスコンドルキックを食らわすことで、到着したお知らせに代えた。

「いって! あ、小川さん。おはようございます」

「待たせたな!」

 ONYは本来なら遅刻した側が受けるべき処遇と態度を一身に受けた。予定より30分遅く落ち合った二人はパワースポットへと向かった。

 小川はONYといるとついふざけてしまう。パワースポットと言われている場所はだいたい神社仏閣であることが多い。そういう場所にはお清めの水のコーナーが設けられている。それが目に入った瞬間、小川のスイッチが入る。備えられている柄杓でお清めの水をたっぷりすくい、ONYの顔面にぶっかけてしまうのだ。敷地内を歩いているとお清めの水コーナーがちょいちょいある。そのたびにぶっかける。小川は楽しくてしょうがなかった。この日は蒸し暑く、お清めの水を浴びたONYはどこか涼しげでさわやかだった。







(ぶっかけたあと)




 いつしかお清めの水コーナーを見つけると、「ONY、シャワーあったよ」と、シャワー扱いしだし、ぶっかけているうちに「次回はシャンプー持ってきて、あそこで頭を洗おうぜ」となった。「俺が柄杓ですすいでやるからさ」と楽しそうな小川に対し、ONYは小川の顔色を伺うような表情で「はい」と一言、弱々しく返した。

 賽銭コーナーに出くわすと、ONYは不憫な人生の好転を願い、小銭を取り出して賽銭箱に投入した。厳かに目をつむり、手を合わせて祈りを捧げるONYを見ていると小川はいてもたってもいられなくなった。小川はONYの耳元で下品な言葉を囁き、邪念をよぎらせることに精を出した。




 パワースポット巡りを終えた二人は、運気のアップ具合を計る意味も込め、この日も毎回恒例の昼飯おごりジャンケンを行なった。ONYはいつものように敗北を喫した。

 この日の昼食はカレー食べ放題の店で、しょうがたっぷりスープカレー、豚の角煮カレー、本格キーマカレーの3種のほか、サラダやちょっとしたおかずなども食べ放題だった。

 ONYは失った金を取り戻さんとばかりに、カレーを大量に皿へ注いでいった。元を取ってやろうという気概に溢れた盛り付けだ。

 途中、小川がトイレから戻った時だった。ONYがうずくまっていた。顔は苦しみで歪み、手は右目を押さえている。食べ過ぎによる苦しみなら、うずくまるどころか上体をそらし、手は腹をさすっているはずだ。はて?

「どうしたONY?」

 そう尋ねる小川にONYは声を絞り出した。

「カ、カレーが目に入りました……」

 そんなことがあるのか。ONYは、めっちゃ痛いです、と、うめき声があげている。あーっ、いってえ……、スパイスだから超いってえ……、と言っている。見ると、スプーンの先はスープカレーの中に沈んでいた。確かにはねやすい。そういえばしょうがたっぷりだったな。どこまでついていないのだこいつは。昼飯代を全額出す羽目になるわ、普段なかなか目に入ってこないようなものが入ってくるわ。小川は憐れみの眼差しでONYを見つめながら、爆笑を我慢できなかった。





 ONYはパワースポットを訪れると決まって不運に見舞われる。必ずといっていいほどろくなことがない。小川と一緒でさえなければ、いいことが起こっていたのかもしれない。余計な出費もなく、濡れることもなく、幸運に恵まれた可能性は否めない。きっとONYは今回で懲りてしまい、もう二度とパワースポットに行きたいと思わないだろう。今日が最後だったかもしれないな、と小川は少し感傷的な気持ちになった。

 その夜、ONYからLINEでメッセージが届いた。

20:21「てっぺいさん(※共通の友人・福田哲平)が、

   パワースポット行きたがってました!

    車を出すので地方のパワースポットへ行きたいそうです!

    また計画を練りましょう!」




 お。ONYは俺とのパワースポット巡りを楽しんでいたようだな。だってもう次の所へ行きたがっている。車で行くのは楽しそうだ。でもなあ。
 いよいよ次あたり、帰りにONYだけ死んじゃうとかあるかもな、と小川は思った。