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熊谷 家紋

熊谷氏家紋

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熊谷氏の家紋は、「寓生(ほや)に鳩」としてあまりに有名である。
 源平合戦に活躍した熊谷直実は、源頼朝が旗揚げしたとき平家方に属していた。石橋山の戦に敗れた頼朝が洞穴に潜んでいるのを見つけた直実は、洞穴から二羽の鳩が飛び立ったことで「人は見当たらず」と、頼朝の窮地を救った。以後、直実は頼朝に属して戦に加わり、二羽の鳩を家の瑞祥として家紋にしたと伝える。しかし、これは後世の付会と思われ、八幡信仰から鳩を紋に用いるようになったと考える方が自然なようだ。
 我が国では、武神である八幡大菩薩が武士に尊崇され、その神使である鳩も武士に尊ばれていた。家紋に描かれた鳩を見ると、二羽の鳩が向き合った「対い鳩【右掲載】」となっている。これは八幡神の「八」を象ったものとされ、後世「八」の字のみを家紋として用いる家もある。いずれも、八幡を表したものであることには違いない。
 源平合戦における一の谷の合戦などで活躍した直実であったが、幕府成立後は不遇であったようで、のちには法然上人に帰依して出家している。「承久の乱(1221)」において、直実の子らが活躍、奥州・安芸などにおいて地頭職に補されたことから熊谷氏は日本各地に広まっていった。同時に、寓生に鳩紋も広まり、根岸・高力氏ら熊谷氏の後裔を称する武家も鳩紋を使用した。
 『見聞諸家紋』を見ると、熊谷氏の家紋として「寓生に鳩」が記載されており、これは安芸熊谷氏の家紋である。安芸熊谷氏は中世を通じて勢力を維持し、戦国時代には安芸の有力国人領主として活躍した。毛利氏が勢力を拡大するとその麾下に属するようになり、近世は萩藩士として続いた。一方、奥州に繁衍した熊谷氏は葛西氏に属して活躍、葛西氏が滅んだのちは伊達氏に仕えたり、帰農したりしたという。安芸の熊谷氏は近世に至って、「鳩」が消えて「寓生」のみを家紋として用いている。


参照:SENGOKU


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