この間新年の挨拶したはずでは?

もう第一四半期終わっているとか、時の流れが光陰矢の如しどころではない気がします。


ふーさんは、外来ラッシュだったり4月に形成手術のため入院したりなんだりととてつもなく忙しい日々を送っていました。(別記事にする予定です)。


やっと落ち着く…と思った矢先に親族が倒れて今少しバタバタしている状況ではありますが、ふーさんはとてつもなく元気に過ごしています。


最近、アーケードゲームにはまり、太鼓の達人したり、アイプリしたり、ポケモンしたりと趣味に忙しそうです。ゲームやたまごっちの世話もしているので、毎日「やる事が多すぎる〜!」と嘆いています。分かる…!

趣味が一杯出来た分、オンライン塾や進研ゼミも頑張ってやり、せっせとお小遣いを稼いでいます。


ギャングエイジとも言われる、年齢が一桁の最後の年になりました。

自我が芽生え、記憶が定着し、昔の思い出が言語化出来るようになったのか、おそらく2.3歳の頃の印象的な記憶も話してくれるようになりました。(入院中オムツを変えてもらった、お母さんとお父さんが2人で面会に来てくれていた…などなど)

親としては、とてつもなく一緒にいて楽でありとても居心地が良い子であるので、ふーさんも避難基地として私達が機能してくれたらいいな、と思います。


小学校も楽しそうに通学しているので、付き添いしている私と看護師は徹底的な黒子に徹して支援していこうと思います。

社会性などもメキメキと発達し始めたので、ふーさんには常々、知識と金は力、人に対して誠実であれ、失敗した後のリカバリーを大切に、謙遜しすぎない謝罪と感謝、そして適切な助けを求める声を出すように、と伝えています。

今の所、実践できているので、本当にありがたいです。


「死」についても少し考える時間が多かったのか、「お母さんはいつの日かいなくなってしまう」とずっと言っていたので、「人は必ず死ぬ。後は短いか長いだけ。私はまだふーさんのために死ねないから頑張るよ。でも、いつかはいなくなる。だから、ふーさんが信用できる人を1人でも見つけるんだよ。お母さんも協力するからね」と伝えました。ふーさんが「そんな人いるかな…」と不安気にしていました。

その後はずっと「お母さんは私のこと可愛いと思う?私は可愛くないと思っているんだ」と吐露していたので、「お母さんにとっては全部可愛くて素敵な所一杯あるけど、自分がそう思うのはそうだと思うよ。皆同じだよ。私も私が好きではない」というような事を話したら、そっかぁ、皆同じかぁ〜と納得したのかピタリと言わなくなりました。

死や自分のあるべき姿など猛スピードで自分の人生を回し始めなきゃいけないフェーズに来たのだと思います。

死なないフェーズからどうやったら生きていくかのフェーズに入り、どう自分の人生を回すかのフェーズに来ているなと感じました。

「病児障害児の私」から「個の私」のアイデンティティを確立している時期でもあるのかな?と思います。


ふーさんの情緒はこれまで以上に注視する必要がありますが、二次障害(鬱病など)発生を抑えるべく、対策をしつつ少しずつ自立と自律を促せていけるといいなと思います。


寝る前にお手紙を認めてくれたので、夜返信を書いたら、朝読んだようでものすごく喜んでくれました。

お手紙なんて書かなくたって、私はずっと想っているよ、と思いつつ、書かないといけないぐらい、きっと彼女の想いが溢れたのでしょう。


救われているのはずっと私の方なのです。