ここまでは痛みの原因がわからない痛みは、「肉体に生じる異常」にかけあわさる「感情」が原因だと述べてきました。
「感情」という表現は分かりやすくするために用いた表現であり、実際には感情だけではありません。
感情もそうですが、痛みに対して行う意味づけなども原因のわからない痛みを引き起こすことを例に挙げてきましたね。
前回のSさんの例では痛みへの意味付けが解消されるとすぐに痛みもなくなりました。
実は、痛みのみならず病気も意味付けされることによって「肉体に生じる異常」より大きな意味を持つことになります。
この意味づけは、個人によってなされるものと社会・文化によってなされるものがあるようです。
まず個人によってなされるものの例をみてみましょう。
ハワード・ブローディ著「プラシーボの治癒力」という本があります。この本は、
体は自分で治す力をもっており、それをうまく利用できる!
とか、
体は心との関係で病気になる可能性がある!
ということを「精神神経免疫学」の領域から説明したものです。
この中には非常に興味深い事例が多く紹介されており、その1つに
「略語のせいで亡くなった女性」が紹介されています。(P19 )
医師が患者さんに用いた略語を患者が誤って受け取り、重篤な状態に陥ってその末に亡くなってしまったというものです。
英語圏でのお話です。
医師同士が患者さんの前で会話をすることはもちろんあることです。この会話のなかでは患者の病名である三尖弁狭窄症(tricuspid stenosis)という単語がT.Sという略語で使われていました。
患者さんはこのT.Sをterminal situation、つまり「末期的状態」として捉え、その後安定していた状態はうっ血性心不全へと急激に悪化していったそうです。
治療中の会話の中で担当医が患者さんの誤った解釈に気付き、
「それはちがいますよ、T.Sは末期的状態ではなく三尖弁狭窄症のことですよ」
と説明しても彼女は
「患者が重症の時に医者はショックを与えないように嘘をつくことを私は知ってるんですよ、私は末期状態なんでしょ」
と、自分が末期状態であることを強く信じたそうです。
そしてその後、彼女はなくなったそうです。
同じようなことは私たち鍼灸師の日常の中でもあります。
おっと、時間がきました!今日はここまでです。
(つづく)