お麩の話、あれこれ(55):                『人情料理わん屋』シリーズに登場する麩

 

 

以前のブログで、倉坂鬼一郎さんの『小料理のどか屋 人情帖』に出てきたお麩の話を書いたことがありました。(参照:お麩の話、あれこれ(42):『小料理のどか屋 人情帖』に登場する「酒麩」)

 

同じ倉坂さんの『人情料理わん屋』(2019.4 実業之日本社)にもお麩が登場しているのを見つけました。

江戸・両国橋近くの旅籠屋街にある料理屋「わん屋」は、共に神職の家系である真造さん・おみねさんの夫婦が切り盛りしています。評判の美味い料理は別にして、その大いなる特徴は円い膳と円い器。全ての料理が円形のわん(木製の椀、陶製の碗など)に盛られて提供されるのです。「すべてを円く収めて平らかにする」「世に災いが起こらないように」「味わった人に平安が訪れるように」という願いを込めて。

 

各エピソードにはいろいろな料理が登場するので、お麩じぃも勉強を兼ねて読み続けていました。すると最後に、こんなシーンがありました。おみねさんの出産を控えて、真造さんの妹、真沙さんがお店の助っ人に来たところで、

「みなが見守るなか、十五の娘は茶碗蒸しの蓋を取った」「鶴と亀が品よく描かれた縁起物だ」「「わあ」真沙は無邪気な声を発した」「海老に銀杏に花麩に椎茸の青菜」「絵のような彩りの茶碗蒸しとともに、湯気がふわっと漂う」「「おう、おれにもくんな」同心がたまらず言った」「「こりゃ、食べずには帰れないね」隠居も続く」「「承知いたしました」「少々おまちください」わん屋の二人の声が、悦ばしく重なって響いた」という流れになりました。

https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I029595935

 

茶碗蒸しの味と香りが、お麩じぃの脳内に充満してしまいました。

 

また、シリーズの『しあわせ重ね 人情料理わん屋』(2019.10 実業之日本社)では、わん屋で使っている円い器(木製、陶製、竹製、ガラス製など)の仕入れ業者兼常連客仲間の集まり”わん講”で、それぞれの商品を宣伝・販売する”わん市”を開催しようという話が出てきて、

「話が一段落したところで、さらに料理が運ばれた」「まずは茶碗蒸しだ」「玉子はまだまだ貴重な品だが、わん屋には伝手があってわりかた安く入る」「その玉子汁を濾してなめらかにした茶碗蒸しは絶品の味だった」「花麩が彩りを添えている」「円い椎茸も見える」「匙を動かしていくと、百合根や銀杏や長芋などが次々に現れる」「「まるで宝探しだね」七兵衛が笑みを浮かべた」「「おいしゅうございます」「冬場はことにありがたいですな」笑いの花がさらに咲いた」と展開していきました。

 

花麩の彩り、いいものですね。ところで、七兵衛さんは塗物のお椀を取り扱っている大黒屋のご隠居さんで、”わん講”の取りまとめ役でもあります。念のため。

 

さらに、シリーズの『きずな水 人情料理わん屋』(2020.10 実業之日本社)では、正月の”わん講”の集まりで”わん市”や江戸市中での「三つくらべ」(水泳+馬+走りの、まるでトライアスロンのような競技)の相談をしながら、

「「お待たせいたしました。蓬莱鍋でございます」おみねが囲炉裏に大鍋を運んでいった」「「へえ、蓬莱ですか」美濃屋の正作が覗きこんだ」「「神仙が棲むと言われる国ですね」千鳥屋の幸之助が言う」「「はい、正月らしく、おめでたい具だくさんの鍋で」おみねは笑みを浮かべた」「蓬莱と名がつく料理に入れなければならないものの決まりはないのだが、海老などの縁起物を加えてにぎやかにすれば名前負けしない」「今日のわん屋の蓬莱鍋は、車海老に蛤、焼き豆腐に干し椎茸に葱に白滝、銀杏や花麩まで入った豪華な鍋だった」と話が続いていきました。

 

お麩じぃは蓬莱鍋なるものをいただいたことはありませんが、なんとか生き永らえている内に一度は食べてみたいものです。花麩が入っていたら嬉しいですね。

 

『人情料理わん屋』シリーズは、なかなか好評だったのでしょう。続編の『新・人情料理わん屋』も出版されているようなので、読めるのが楽しみです。