喜多山栄の婚活泣き笑い(結婚生活編)

喜多山栄の婚活泣き笑い(結婚生活編)

“撃沈覚悟”でのぞんだ一年余りの出会い活動を経て“ピタッと来た”出会い
から3ヵ月の交際で結婚しました。夫婦生活の日常も含めてつづっていきます。

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 お久しぶりです。


 「婚活ブログ」として立ち上げ、成婚までを赤裸々につづった本ブログでありますが、半ば放置状態であります。


 資料的意味もあろうかと思いますので、消すつもりはありません。


 さて、最近友人から婚活の悩み相談が…。お見合いしても連続撃沈で落ち込んでいるのだそうな。


 「40になったら自由恋愛などありえんし、どうしたものか…」との弁。


 私同様、対女性スキルは高くない人物。


 会う機会があったので、妻同席で「事前情報抜きのいきなりお見合い」や、お見合いパーティーの体験談を話してあげました。


 うちの妻も私が登録していた大手結婚情報サービス業者(S社)で活動していた人ですが、初めて私に会いに来たときに、私の顔写真の確認を一切せずに来ており、そのまま話が進んでしまったという経過があります。


 件の友人は、写真を確認せずにいきなりお見合いした話を聞いて仰天。常識的にいえば、釣書と写真は必須ですからね。


 でも会って「ピタッ」とくれば、話は進むんです。


 友人にはこのブログの過去記事を読むよう教えておきました。

結婚したい?してよかった? ブログネタ:結婚したい?してよかった? 参加中

私は結婚してよかった 派!

1年前に某大手結婚相談所S社の紹介状をもとに、私と妻が初めて“お見合い”してからやっと1年が経過しました。両家あいさつ、結婚宣言、事実婚開始、結婚式、婚姻届提出と実に濃密な1年でした。

 経過は過去の記事に書いた通りなので、ここで詳しくは述べません。

 “1周年”は2人で名古屋市内のレストランのランチバイキングに行くことにしました。結婚式の二次会で使ったお店ですが、妻いわく、二次会当日は「ビール一口と、ウーロン茶コップ半分しか口にできなかった」ということだったので、再訪することにしたのでした。式の当日、新婦は「食べる余裕がない」とみんな言いますからねえ。うちも同様でした。

 あれこれ食べて満腹。続いて、修理に出してあった指輪の修理品を受け取りにジュエリーショップへ。前の記事で述べた、押入れから出てきた母の遺品です。

 エンゲージリング代わりですから、修理代は私が払いました。

 1周年で特別なことはこれぐらいでしょうか。私たちは用事を済ませたら、まっすぐ帰宅。

 2人でTVの前でごろりと横になって昼寝を決め込みました。結婚してから、1人でいるときとは比べ物にならないくらい、“穏やかな日常”を得ることができたと感じています。仕事は相変わらず多忙ですが、精神的にも楽になったようにも感じます。

 さて、我が家に1通の「結婚しました」年賀状(結婚式写真入り)が届きました。婚活飲み仲間の1人からでした。昨年6月にうちと、もう1組のお祝い会に“パートナー候補”同伴で出席して、その日の深夜に「結婚を決意しました」とメールを送ってきた人からでした。その方からはお祝い品をいただいていたのでお返しの品を送りました。

 我が家が4月に結婚して、式を挙げたのは9月。件の婚活仲間も決意したのが6月で、写真入り年賀状が来ているわけですから、半年に満たない準備期間だったということでしょう。

 “結婚すると決めたら早い”ことは婚活者共通のようです。「5~10年ダラダラと付き合ってやっと結婚した」という同僚らの目から見たら信じられないことなんだそうです。要は目的意識を持つかどうかだと思うんですがねえ。
結婚したい?してよかった?
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 この間、周りの知人友人からちらほらと「結婚した」「結婚する」という話が聞こえてきます。今日も、以前に退職した元同僚が結婚したという話があり、幹事役の同僚が「お祝い金を贈るから」とカンパ(募金)を集めに来ました。知らない人ではないので、当然のことながら小額ですが、心ばかりの協力をさせてもらいました。


 さて、妻との会話の中で、結婚式の挙げ方も含めた「スタイル」のことを話すことがあります。


 私たちの場合は、親族だけの1次会(挙式・披露宴)、同僚・友人を招き、親族シャットアウトの2次会と分けて行い、衣装に関しては洋装、当日は白のウェディングドレス着用、お色直しなしということでごく簡素にしました。色ドレスを着用した別バージョンは別日程の写真撮りで対応しています。


 挙式だけは式場のチャペルを借りて無宗教でセレモニーを行ないました。


 妻いわく「私があれこれ、ウン百万円かかる派手な結婚式をしたいとか、新品の婚礼ダンスが欲しいとか言っていたらどうする?」


 私の答えは明確でした。 「そもそも、そういった難しい話をする人であれば、結婚そのものが具体化しなかったのでは?話そのものが進展しなかったでしょう」


 結婚式が派手になる要因に“親の意向”が相当反映しているようにも感じました。式の準備段階で参加した式場主催の「ブライダルフェア」の会場で見た光景がまさにそれでした。新郎新婦よりも、特に新婦の母親が気合を入れすぎている様子がありありと伝わってきましたね。


 結納についても然り。名古屋市内にはまだ「結納品専門店」なるものが存在します。いまどき本式の結納をする家はどのくらいあるのかとも思いますが。略式結納や両家顔合わせ会だけで済ますという家が増えていますからね。我が家は一切省略。両家の一族が集まったのは式の当日でしたから。


 名古屋で有名なのは婚礼ダンス。今では見かけなくなりましたが、紅白の幕を張ったトラックが嫁入り道具を運ぶというアレです。我が家には約40年前に母が持ってきたタンスなどが使える状態で一式残っています。母が亡くなった後、着られなくなった服やガラクタの類は私が処分しましたが、使えそうなものはそのままにしてあったのでした。


 母が残していったタンスは、今年4月から早速妻に使ってもらっています。いわば、結納の“現物支給”です。


 妻は散らかっている部屋を少しずつ片付けていますが、ある日帰ったら「お母さんの部屋からすごいものが出てきた」と報告。


 出てきたものは宝飾品。たいした数ではありませんが指輪やネックレスの類でした。母の死後、私がひとまとめにしておいたものは当然知ってはいましたが、さらに押入れの奥からエンゲージリングらしきものが出てきたのでした。これには私も気づいていませんでした。


 「母の部屋からで出てきた宝飾品は全部使っていい」という妻との約束どおり、受け取ってもらうことにしました。


 母は生前、「あんたが結婚したら指輪はお嫁さんにあげる」といっていたので怒られはしないでしょう。


 ちなみに私、マリッジリングは1セット作って普段から着用していますが、エンゲージリングは「婚約期間が実質的にゼロ日だった」というわけで、省略してしまいました。これもまた、出てきたもので“現物支給”です。遅ればせながら、ですが。


 外野から「売却して自分の好きなデザインのものに買い換えればいい」という話も聞こえてきましたが、妻は指輪のサイズ直しを決断。早速、出てきた指輪のうちの1本をジュエリーショップへ持って行きました。


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 久しぶりの別館更新です。今年4月1日に「結婚」を公式アナウンスし、9月に挙式・披露宴をあげましたが、婚姻届の提出はさらに後になりました。


 以前の記事で述べたとおり、昨年末に実家の祖母の葬式を出したばかりで、相続の手続きが手間取っていたため、完了するまで戸籍をいじりたくなかったというのが理由。


 一応“喪中”でしたが結婚式を挙げるに当たって、誰一人文句を言う親戚はいませんでした。


 相続問題も10月にようやく解決したので、いよいよ婚姻届を出して、事実婚にピリオドをうち、法律婚とすることになりました。


 一部に「事実婚・夫婦別姓を貫けばいいのに」という人もいましたが、私も妻も夫婦別姓を貫くつもりはないし、現行法規のもとでは事実婚は面倒くさいのが実情。選択的夫婦別姓を認めるという民法改正案には賛成の立場ですが、妻いわく「認められていたとしても、結婚したら苗字を変えるつもりだった」。


 私たち夫婦の結婚記念日はあくまでも同居を開始し公式アナウンスした4月1日。結婚指輪にも刻印しました。それとは別に挙式をあげた記念日と婚姻届を出した記念日があるわけです。


 「いつ届けを出すか」が問題になりました。結論は11月22日。「いい夫婦の日」に出しました。これならば忘れるようなことはないでしょう。やっと妻を安心させることができました。


 さて、先日古い友人(独身)が我が家を来訪し「なんとも妬ましい…」と言っていました。半分冗談半分本音でしょうが、この間お見合いで連続撃沈してへこんでいたとのこと。


 私が「1年で270人対話」の話をしたら、「少し安心した」。やはり、出会いが少なく、対異性スキルも低いと自覚したのであれば、数を当たるのが得策ではないのかと改めて思いました。連続撃沈すると思い切りへこみますが…。友人には結婚相談所とお見合いパーティーを勧めておきました。


 それにしても、1年が過ぎるのは早い。


 昨年の今頃は祖母の葬式と片付けで奔走していました。改まった年忌法要は準備できなかったので、祖母の命日には通常モードの月参りで住職にお経を上げてもらいました。


 私が仕事から帰宅した後、妻いわく「お墓参りに行って来たよ」


 「???」 


 「だって、今日はお祖母さんの命日でしょう?」


 妻には感謝、感謝。会ったことも、話をしたこともない祖母の命日ということで、私の仕事中に改めて我が家のお墓まで足を運んでくれていたのでした。有難う。



 久しぶりに別館を更新します。本館ブログで新婚旅行ネタを書きまくっているので、ご存知の方もおられると思いますが、9月に慶弔休暇を取得して、挙式・披露宴・2次会を開きました。


 やっと後片付け、あいさつ回りなども終わって、日常モードに入ったところです。


 別館では挙式やパーティーにまつわるエピソードを回想風につづっていきたいと思います。順不同です。


 4月1日付で結婚を宣言し、周りにもはがきをばら撒いてアピールしましたが、実は「改まったプロポーズ」をしていなかったんです。


 3月の記事を読んでいただければわかりますが、双方の親親戚にあいさつして、あれよあれよとほとんど“流れ”で一緒に暮らし始めたので、タイミングを逸していました。挙式をセットしたところで、私の腹の中で「壇上で誓いの言葉を述べるときにプロポーズのせりふを言おう」と決意していました。


 事前に原稿を準備して、結婚式場の担当者にも点検してもらい、“忌み言葉”などが入っていないことを確認。OKということではありましたが、「妻には当日発表」ということで壇上に上がるまで一切伏せていました。


 自宅で「原稿見せてラブラブと相当詰められましたが、一切伏せていました。当日の控え室で新郎新婦の衣装に着替えた後でも、私は「原稿」と表書きした封筒を肌身離さず持ち歩きました。


 名古屋市内の大手結婚式場(冠婚葬祭互助会系)のチャペルを借りました。無宗教の人前式です。


 粛々と予定通りプログラムが進んでいき、私が原稿を読む出番が来ました。


 以下に原稿全文を掲載します。名前のところは伏せ字にしてあります。


  誓いの言葉。ドキドキドキドキさん、いや、ドキドキドキドキちゃんと1月に出会ってから、結婚前提でお付き合いして4月から一緒に暮らし始めて、本当に幸せに思っています。一人でいるときと比べて雲泥の差です。

 結婚を決めたときに「結婚式と結婚指輪と新婚旅行だけはけじめだからきちんとやろう」と約束したね。“白いウェディングドレス”実現したね。本当にきれいな花嫁姿を見ることができてうれしいです。

 結婚して、あらためて温かい家庭を築き、少々の困難も一緒に乗り越えようと決意をしています。

 さて、まだ言いそびれたままになっているセリフがあります。実は改まったプロポーズをしていません。今ここで言います。

ドキドキドキドキさん、私と結婚してください。幸せになろうね」。

2010年9月×日 喜多山栄


 

やはり、言いそびれていて後になっていても、プロポーズの言葉ははっきり言っておいてよかったと思います。それも両家の親戚の面前で。参列者は目を丸くしていましたが…。