先日、父親の百ヶ日法要を終えました。
ここまで話題にしてこなかったけど、一段落ということで書きます。
ちょっと長いですが、備忘録的に記しておきます。
7月下旬、食欲が無いということで朝から病院へ。
ちなみに、私は疲れもあり、まだ寝てました・・・。
この時は夏バテを疑い、点滴でも・・・な感覚だったとか。
すると、検査で数値に異常があり、救急車で医大へ。
その後、私たち家族が呼び出されました。
医者からガンの可能性が高いとの言葉。
断言できるのは生研の結果を待ってから。
即入院となり、検査結果は1週間後。
1週間後、まずは家族だけで聞くことに。
結果は末期のすい臓ガンでした。
そこで余命宣告を受けました。
どれくらい?との疑問には・・・
医者の立場としてハッキリ言えないので統計的には半年程度。
数日もありえるし、数年もありえると曖昧な回答。
父に告知するかどうか尋ねられたので、迷うことなく告知を選びました。
父に告知するとショックがありながら受け入れました。
腫瘍が胆管を圧迫してるので食欲が出ないことも分かり、カテーテル手術をすることに。
それでも食欲は出ませんでした。
その後、緩和ケアの為に転院するか、自宅に戻るかの選択を迫られました。
最後は本人の強い希望もあり、自宅に戻ることに。
転院するにしても順番待ちのようでしたし、コロナ禍でお見舞いも難しいとのことだったので。
私たち家族としても本人の希望が一番だし、顔を合わせることが大事だと思ったので賛成しました。
訪問診療(在宅緩和ケア)をお願いし、最期を迎える準備をすることになりました。
まだ父が動けるうちに家族総出で終活。
父も記憶にない保険も見つかり、入院費など賄えたのはラッキーだったかも!?
あと、色んな手続きをさせました。
代わりにやってあげたかったですが、本人じゃないと相手にされない時代ですからね・・・。
父は誰にも知らせず静かに逝きたいと言いましたが、長年家族ぐるみで付き合いのある方にだけお知らせ。
豪雨災害になった雨が降り出した時でしたが、皆さん集まってくれました。
ありがたいことです。
ものすごく少食になってましたが、出来る限り家族で食事をすることに。
それでも、長くせずに寝てばかりになりました。
栄養は点滴のみになってからも頑張ってくれました。
9月に入りしばらくして、医者から最後の時が近いとの言葉。
点滴をどうするかの選択を迫られました。
継続すれば命は少し長らえるけど、経験上、本人の苦痛が長引くし、体もボロボロになると。
辛い決断でしたが、残り数本が無くなり次第、止めることに。
それから数日が山だと言われたのですが、医者も驚く生命力で生きてくれました。
あと、苦しんだり、暴言を吐いたりする人も居るようですが、父は最後の最後まで我慢の人でした。
そして、9月18日早朝、息を引き取りました。
台風一過まで待って。
もちろん悲しみはありましたが、看取ることができたのは幸せだったのかもしれません。
余命宣告から2か月足らず。
短い時間でしたが、生き様はもちろん、死に様も見せて逝きました。
葬儀には多くの人に参列して頂きました。
中には私の知らない父のことを話してくれる人も。
悲しみの多い葬儀中にも関わらず、嬉しくもありました。
火葬、3日参りから49日法要、納骨など慌ただしい日々を過ごしてきました。
そして、百ヶ日法要で一区切りです。
そういえば、葬儀では泣かなかったな。
もらい泣きしそうなことはありました。
生前、弱っていく姿を見た時は涙が止まらなかったけど・・・。
色んな後悔はあるけど、余命宣告から濃密な時間を過ごしたのが良かったのかな。
別れの時間って残された家族にとって大事なんですね。
ふぅ、長文になってしまった。
最期に。
ある程度の年齢いったら終活は大事です。
残された家族のために。
私も先のことだと思わず、徐々に終活しなきゃと思いました。
感謝。