今日はお寺で法要です。

ふと疑問があり、調べてみました。

 

あるサイトからの引用です。

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浄土真宗では、お盆は亡くなられた方をご縁として無常を見つめ、私たちが真剣に仏法を聞かせていただく日とさせていただかねばならない、と教えられます。

在りし日の故人の顔を思い浮かべるとき、様々な思い出がよみがえってきます。

もう、この世で会えない身となってしまった故人は、しかし、私の確実な未来の姿でもあります。

日ごろ、自分が死ぬ身であることを忘れ、生に安心しきっていますが、“死”という無常の虎は容赦なく襲い掛かってくるのです。

やがて必ず死ぬのに、なぜ生きるのか、生きていかねばならないのか、人生の根本問題を仏教の教えによって解決する勝縁とするのがお盆です。

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浄土真宗の考え方では、死者は亡くなると同時に阿弥陀様のおはたらきにより、浄土に往生し仏となります。

だから、お盆で何をするのか?という疑問があったんです。

何となく先祖供養みたいな感じで今まで過ごしてきました。

こういった考え方を学ぶことによって、過ごし方が変わりますね。

 

 

 

 

感謝。