今年は、戦後70年になります。
改めて、戦争のことを知り、語るべき年だと思います。
タイトルにもあるように佐賀でも空襲がありました。
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昭和20年8月5日から6日未明にかけて、佐賀市周辺は、B29の洗礼を受けた。
マリアナ基地を発進したB29約30機は、九州西海岸を北上して、佐賀平野上空に侵入。
5日午後11時30分頃から、1分から3分間隔にて、6日午前1時頃まで、約1時間半にわたり、北川副・西与賀・諸富付近に、焼夷弾攻撃を加えた。
それに、本土近くまで接近してきた航空母艦から飛び立ったグラマン戦闘機から、無差別の機銃掃射が人影に浴びせかけられた。
この佐賀空襲の時の北川副村の被害は、小学校が全焼、岩松軒(がんしょうけん)、光源寺をはじめ焼失家屋91戸、死者21名であったと記録されている。
なお、佐賀空襲における被害は、旧佐賀市、諸富町、川副町、東与賀町、久保田町に及んでいて、死者合計は61名、焼失家屋は443戸であったと記録されている。
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出典:わが郷土北川副町の歴史P74佐賀空襲(佐賀空襲を記録する会)
この出来事は、佐賀でも知らないという人が多いかもしれません。
私は、小学生の頃、祖母に佐賀空襲の話を聞きました。
空から降り注ぐ焼夷弾、夜空を赤く染め上げる炎の話を。
祖母は話しながら涙を流していました。
きっと思い出したくないツラい出来事だったと思います。
それでも、私に戦争の恐ろしさを伝える使命感みたいなもので語ってくれたんだと思います。
そういった話をどう後世に語り継いでいくのか。
戦争を体験していない私が、本当の恐ろしさを伝えられるのか。
何か葛藤みたいなのがありますが、私にも出来ることはあるはず。
感謝。