先日、Yahoo!ニュースで気になる記事がありました。

読んでいて、涙腺が壊れました・・・。

ぜひ、皆さんも読んでみてください。


【神様、1日だけ魔法をかけて…琴音さんの物語】

リンクが切れることなく、ずっと残ってるといいのですが・・・。


『言葉』って大切なものですよね。

時には優しく包んでくれ、時には凶器にもなりますけど。



んー、問題があるかもしれませんが、転載します。

産経新聞さん許して・・・。


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「明けましておめでとう」。新しい1年は家族のあいさつで始まったでしょうか。普段は深く考えませんが、家庭の何げない会話、日々の生活はすべて「言葉」で支えられています。インターネットに限らず、現実世界も人を傷つける言葉が氾濫しているからこそ、逆にすばらしい言葉は人を力づけてくれます。平成26年を迎えるにあたり、言葉の力を信じる人たちの5つの話を届けようと思います。まずは本紙夕刊「夕焼けエッセー」で反響を呼んだ大阪府岸和田市立東光小6年、森琴音さん(12)の物語から。

■好きな言葉

  「え、か、が、お…。笑顔?」

 自分の意思とは関係なく体が揺れてしまう。父親の淳さん(35)が右腕を支え、震える指で指した文字盤の一字一字を読み上げて確認していく。え、か、濁点、お、の4文字で1分余り。「好きな言葉は何?」。ゆっくりと紡ぎ出すように教えてくれた言葉は、表情そのままの「笑顔」だった。

 「リハビリで緊張すると顔がこわばるし、体もこわばるし、悪循環なんです。顔がこわばらないようにスマイルしてスマイルして、とずーっとずーっと言われてきたんだよね」

 母親の成美(しげみ)さん(36)がこう琴音さんに話しかけた。大人でもつらいリハビリを笑顔を作ることで乗り越え、それを繰り返すうちにいつしか笑顔は琴音さんそのものになった。琴音さんが笑えば、周囲もつられて笑顔になる。「笑顔と聞くとうれしくなる」と琴音さんは文字盤を指して言う。

 昨年9月、琴音さんが学校から持ち帰った文章が夕焼けエッセーに掲載された「わたしの願い」だった。

 《神様が 1日だけ 魔法をかけてしゃべれるようにしてくれたら… お母さんに「ただいま!」って言う》

 「見た瞬間、涙が止まらなくて。当たり前のことが当たり前にできない。同年代の子供なら当たり前のことが私の願いってことが心にぐさっと刺さりました。病気が治ってずっとしゃべれるようになりたいのではなく、1日だけでいいからしゃべってみたいということが切なかった」

 淳さんは初めて琴音さんの胸の内からあふれる言葉の数々を知った。

■たくさんの「小さい我慢」

 「琴音の胸の内を聞くのは本当は怖かった。この子がしゃべりたいと思ってもかなえてあげられないし、走り回りたいと言われても、抱きかかえて走ることはできるけれど、走れるようにはしてあげられない。願いを聞いてもかなえてあげられなかったら琴音も悲しいし、私も悲しいから、あえて避けてきたんです」

 何気ない日々の生活。「何が食べたい?」「今日の予定はどうなってる?」。そんな普通のやり取りは交わしている。でも、親として娘の障害をどうしてやることもできない無力感が淳さんにはいつもあった。「1日だけの魔法でもいいのでかけてほしい。大人げなく、そう祈りました」

 《魔法が とける前に 家族みんなに 「おやすみ」って言う それで じゅうぶん》

 成美さんも泣いた。「小さい我慢はたくさんあるんだと思います。涙が止まらず、私は何回も読めていないです。まだ小さい子に、聞き分けのいいようなことを言わせてしまったのかなと思って、申し訳なかった」

 琴音さんは幼いころ、言葉を覚えるのも早く、ジャングルジムの一番上で人気アニメ「プリキュア」のテーマ曲を歌い、兄の自転車を自宅の庭で乗り回すお転婆娘だった。ところが平成17年2月、3歳のときに不慮の事故に見舞われ、一命を取り留めたものの、低酸素脳症の後遺症で肢体不自由になり話すこともできなくなってしまった。

 「しゃべれないと気づいたのは事故からずっと後のこと。でも、生きてることの方が私には大事だった。生きていること自体がうれしかった」と成美さんは言う。

■普通に、普通のことをしゃべれたら

 琴音さんの言葉は、家族の優しい言葉に育まれてきたのかもしれない。

 「いつも、ありがとう。手伝ってくれてありがとさん」とちゃめっ気たっぷりの言葉で両親を笑顔にさせ、感謝の気持ちを伝える。

 日々の暮らしのなかで、淳さんは琴音さんのユーモアに驚かされることがある。一緒に風呂に入ったとき、湯船で「生き返るなあ」と話しかければ、琴音さんは浴室に張った文字盤で「死んでたんか」とツッコミを入れる。

 琴音さんがもし、1日だけしゃべれたら…。

 「あ、ツッコミをしてほしいかな。琴音が言うように、普通に生活して、普通におやすみって言えればいい。特に何かを聞きたいわけじゃなく、しゃべれるときにこそ普通に。普通のことをしゃべれたら、それでいいです」

 普通に会話ができることに隠された幸せ。淳さんは「言葉って、すごく大切なことですよね」とかみしめるように話した。

 琴音さんも「言葉って、大事なもの」と文字盤で語った。

■「ぼくの障害」

 琴音さんが「わたしの願い」を書くきっかけになったのが、岸和田市立東光小学校の支援学級でともに学ぶ4年生の川中椋太(けいた)君(10)の存在だ。

 椋太君は肢体不自由の障害があり、スムーズにしゃべることは難しいが、詩や俳句を作ることが好きで、夢は世界一周旅行という活発な子。2学期の始業式に、宿題とは別に3冊のノートを学級担任の西河月美教諭(46)に提出した。びっしりと書き込まれた詩や物語の中にあったのが「ぼくの障害」と題された一編の詩だった。

 《一人で歩きたい、字を書きたい、ごはんが食べたい》

 西河教諭は、支援学級に通う児童の思いがすべて込められていると感じた。多くの人に読んでもらおうと教室の廊下に張り出したところ、琴音さんが「わたしもおなじ」と文字盤をさしたのだ。琴音さんを4年生のときから担任してきたが、自分の気持ちを表現したい、とはっきりと伝えてきたのは初めて。

 「どういうこと」と琴音さんに聞くと「しゃべりたい」。「しゃべれたら、何がしたい?」。答えが出ないときは、言葉をゆっくりと待ち、時間をかけたやり取りから生まれた文章が「わたしの願い」だった。

 西河教諭は「椋太君にとって、言葉は自己表現。話すのが伝わりづらい子は、心の内側にあるものを言葉で表現している。椋太君の詩があったからこそ、琴ちゃんの『わたしの願い』が生まれた」と話している。
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感謝。