脳が冴える15の習慣 (築山節著)

記憶・集中・思考力を高める


筆者は神経外科の専門医です。本の帯もまた魅力的な言葉が乗っています。

「仕事ができる脳、若々しい脳を取り戻す生活改善マニアル」

ぼんやり頭をスッキリ晴らす! 30万部突破!!


この本を読めば一気に脳が元気になって仕事も勉強もどんどんはかどるように思ってしまいます。またこの本がこんなにも沢山売れているということは私を含め多くの人が自分はもっと仕事が出来る筈、もっと効率的に頭を使用できる方法はないものか・・・と思っていることの裏付けでもあるのでしょう。


「睡眠中も脳は動いている」


大変興味をそそられるタイトルです。人間の脳はパソコンと異なり電源をオフにすると機能が全くダウンするというものではないとの説です。脳は睡眠中も動いているし記憶の定着と思考の整理をして、むしろ起きている間よりも進みやすいと言うのです。そのために寝る前に考えていた問題の答えを翌朝起きたときに思いつくことがあると言います。あるいは一日中考えても出なかった方針などアイデアが寝ている間に閃いたという事例もあるようです。


私は寝ている間に閃いて飛び起きたという体験はありません。ただ朝起きて家の周囲を散歩中に解決策を思いついたり答えを得たりした体験は結構があります。突然起こった商品クレームの問題をどのように解決すべきか、あるいは到着すべき商品の納期が23度と遅れてお客様への回答はどう言えば理解できるだろうかなどなど、ああでもないこうでもないと頭を絞っても解決できなかったことに対して早朝の散歩で、ひらめいたかのように良い案が浮かんだり、方針が決定されたりしたことがあります。


解決案が浮かんだ瞬間はすごい快感で、思わずステップを踏むような気持ちになります。そんな体験を結びすけると築山先生のおっしゃっている内容がほぼ当てはまり。睡眠は単に電源OFFになっている状態ではなく起きている時の試行錯誤の情報をきちんと整理してくれる大事な時間であるという説明がよく理解できます。脳にとっての睡眠の大切さを改めて感じます。


「雑用を積極的にこなそう」



司令塔といえばすぐにサッカーチームを想像し司令塔のレベルが高ければ試合は非常に有利、つまり司令塔 = 重要という考えに直結して考えます。脳のなかで前頭葉は体や心を動かす司令塔だということです。そしてそれからの展開がもっと魅力です。例えば「やればできるのにやらない人」「面倒くささに耐える力」という言葉の解説がありこれは司令塔である前頭葉にタフさが欠けているということです。そして司令塔たる前頭葉は鍛えることができるというのです。


私しも含め多くの人は「面倒だなあ・・・」と仕事でもやるべきことが沢山あり頻繁にそんな気持ちを体験しているのではないでしょうか? もしかするとそんな気持ちを打破できる方法があるのではと期待しつつ読み進んでゆきました。前頭葉のタフさは鍛えることができ、まるでアスリートの筋トレのように表現しております。その方法は何と家事でも仕事でも「雑用を積極的にする」ことだというのです。



これからは「前頭葉=脳の司令塔を鍛えるために・・・」掃除を、整理整頓を、雑用を積極的にして反射的に動ける理想的な自分になりましょう。などといえば皆のやる気もきっと変わってくるのかもしれません。


雑用に関しては、例を挙げて解説されています。野地秩嘉著「サービスの達人たち」の中に日本で一番ロールスロイス売る営業マンのエピソードです。かれは若くして奥さんに先立たれ、男手1つでお子さん2人を育てたというのです。仕事を早く終えてから子供のために食事の用意、お風呂に入れて、洗濯もしてお弁当も作る。一般の人より仕事の時間は少なくなりますが、それでいてトップセールスを維持するのです。すごい人だと感心しますが、築山先生は脳の性質から考えると必然的というのです。毎日続けている家事が、いつの間にか厖大な基礎トレーニングになり、前頭葉の体力が鍛え上げられていた。そして仕事をする時間が限られているので、基本回転数が上がりやすく集中力があったと解説しております。そして一般論としても仕事が出来る人は若いころに苦労をしたり、日常的に面倒な雑用を多くこなしたりしなければならない場面を沢山もっている人なのではと言われています。

「人に伝えることを前提に情報をとる」


記憶力を向上させるための脳の使い方の中にこのようなタイトルの章があります。情報を意識的に脳に入れるためには、基本的にその情報が、いつか人に伝えるという前提が必要だと言います。例えば街を歩いていたとき、ただ何となく歩いて後で「途中に何かありましたか?」と聞かれても思い出せる情報は限られているのです。しかし先に「途中に何かありましたら教えてください。」と言われておればめぼしい情報を意識して脳に入力しようとするでしょう。こうすることでその記憶は時間が経っても消えにくくなります。情報を後で誰かに伝えようと思っていれば要点をとらえて脳に入れようとします。その要点を断片として、文章や話の全体も思い出しやすくなるというわけです。


作家を職業にしている人は自分の身近な出来事や人物をそれとなく材料にしていると聞きます。日常生活の体験や旅先の風景や出会いなど文章を構成する大事な部品になるのでしょう。作家として文章にアウトプットするために、一般の人以上にインプットする意識に敏感であることは想像できます。


また本で得る情報もまた記憶に残すための工夫が提案されています。一つは自分で文章を書き写することです。自分で書くためには数秒でもそのフレーズを頭の中で復唱したり口ずさんでみたりするということが良いというのです。手間がかかりますがその分効果がでるというのでしょう。


築山先生は、また黙読よりも声を出す朗読をお勧めです。私もこの説に対して近ごろ本当にその通りと感じるところです。なんでも暗唱するくらい繰り返し声を出して読みこなすことが大切ではないかと思うのです。語学はもちろん、国語や歴史、自然科学、芸術論でさえも声を出して読むことに意義があるように感じます。文章の内容を一通り理解して終わりというのは試験のための勉強でそれ以上に繰り返することは、この本でいう脳に刻み付け記憶として定着させることになり、それはいつでも取り出して応用ができることになるのではと思います。


一緒に読んだ社員の中には「失敗ノート」というところに感心を示した人もいました。これは失敗を繰り返さないためにノートに失敗の体験を書きこんでおくことです。言われてみればこんなノートを意識したことも書いたこともありませんでしたが今後の参考になります。


印象的な部分を抜書きしたようなものですが、他にもの興味ある個所が沢山ありました。今まで脳神経外科の先生の話しをする機会もありませんでしたので、臨床医の豊富な体験から脳の性質を解説され日常の良い習慣を勧めているこの本を読んで、新しい気持ちで自分の内面と語る機会を得ることができました。








雑用こそが面倒さ象徴であったように思っていました。また多くの人も同じように感じでいるのではないでしょうか。社内の整理整頓も「誰かやってくれるし、私がやらなくても・・・」などと思うことは皆の気持ちの中にあるのが普通だと思います。雑用をやることが指令塔である脳の前頭葉を鍛え物事を簡単にあきらめないようなタフさを養うということになります。
このようなタイトルの章も魅力的です。前頭葉は脳の司令塔と表現しております。これは築山先生が名づけたのか精神科の専門の先生の間では医学用語として前頭葉を司令塔と言っているのかわかりませんが、一般人の私には非常にわかりやすい例えです。目や耳から入った情報は、頭頂葉、側頭葉、後頭葉を介して前頭葉に集められ、前頭葉は集めた情報を処理します。入力されたばかりの情報を記憶として既に蓄えられている情報と巧みに組み合わせて思考や行動の組み立てをつくり、運動屋という脳の一部を介して体に命令を出す、つまり脳の指令塔の役割を果たしているとの説です。







人間は瞬間瞬間に、いのちを捨てるために生きている。


とても長い強烈なタイトルです。


彼の母は女流作家で岡本かの子という名前です。岡本太郎が母の小説「川」という中の一節を取り上げています。これは母が生まれ育った地域を流れる多摩川を繊細なタッチで表現しています。あたたかく、純粋で、すみきった表現は情景の深い味わいと、揺れゆく人の心が重なり合って何かしら時間を越え無限の想像の中に巻き込まれてしまいます。


「かの女の耳のほとりに川が一筋流れている。まだ嘘をついたことのない白歯のいろのさざ波をたてて、かの女の耳のほとりに一筋の川が流れている。星が、白梅の花を浮かせた様に、或る夜はそのさざ波にに落ちるのである。月が悲しげに砕けて巻かれる。或る夜はまた、もの思わしげに青みがかった白い小石が、薄月夜の川底にずっと姿をひそめているのが覗かれる。朝の川波はしょうじょうたるいろだ、一夜の眠りから覚めたいろだ、冬は寒風が辛くあたる。をとめのやうにさざ波は泣く。よしきりが何処かで羽音をたてる、さざ波は耳を傾け、いくらか流れの足をゆるめたりする。猟師の筒音が聞こえる。この川の近くに、小鳥のいる森があるのだ。昼は少しねむたげに、疲れて甘えた波の流れだ。水は鉛色に澄んで他愛もない川藻の流れ、手をいれればぬるそうだが、夕方から時雨れて来れば、しょげ返る波は、笹の葉に霰がまろぶあの淋しい音を立てる波ではあるが、たとへいつがいつでもこの川の流れの基調は、さらさらと僻(ビガ)まず、あせらず、凝滞せぬ素直なかの女の命のながれと共に絶えず、かの女の耳のほとりを流れている」


先日、川崎にある「岡本太郎美術館」をたずねて沢山の絵画と彫刻に圧倒されて帰ってきましたた。強烈な興奮がまだ燃え尽きることなく残っています。書籍も沢山あることにも大変驚きました。岡本太郎は万博公園の「太陽の塔」を作った人。「芸術は爆発だ」と言った変人、残念ながらその程度の知識しか知りませんでした。しかし、なぜ訪問する気持ちになったのかを素直に振り返ると、自分の現状を打破したいという気持ちがどこかにあったのは間違いのないことです。岡本太郎先生の絵を見ることで何か今までに体験したことのないものを感じ取りたいと思ったのです。太陽の塔に内包する力強さ、爆発だの言葉を足がかりとして、私は彼の美術館を訪問したことになるのです。


小説家でこんなにも繊細な表現をする人が母親だとすれば、その子供である岡本先生の絵画や彫刻は単なる力まかせのものではない筈と思うのです。彼もまた母親のように沢山の書籍を残しており、どれもこれも人間としての生き方についての強い発言が胸に迫ってきます。そしてこれらの書籍や母親の小説と歩んできた背景を知ることにより、彼の絵や彫刻が表現する力強さ、繊細さ、あたたかさを深く感じることができるようになりました。


すっ裸で生きられる条件のなかへ
「だれもが、とかく自分はひとりだけが恵まれない境遇にあると思いがちだ。この世の不幸を一身に背負っている、とね。でも、それはキミの思いすごしだ。それにね、いまの状況をマイナスとしてしかとらえられないんだったら、キミは意気地なしだよ。人生の重荷は、背骨のしっかりした者が背負うんだ。どうせ荷物を背負わなきゃならないのにキョロキョロよそ見をしたり、泣き言なんか言ってはダメだ。腰をすえて、堂々と、つらそうな顔なんかコレッポッチも見せずに、にこやかに荷を背負う。外側の条件ばかり考えちゃダメだよ。要は自分がどう運命を受け止めるかなんだから。外から見ると社会的によい条件で仕事をしていると見える人がいる。一方で悪条件のなかで生活と闘っている者もいる。両者を比較したとき、どちらが生活に充実感を覚えているか、考えてごらん。社会的によい条件で仕事をしている者が必ずしも充実感を手にしているかどうか。外から見ればうまくいっているとか、成功しているように見える者のほうが、逆に充実感を失っているのが現実だ。世の中で俗に成功したという者のほうが人生に絶望しているんだ。いまの世の中、どんな生き方をしても、この社会ではみんな似たようにカッコーだけで生きている。総理大臣になってテレビの前でニコニコ笑って見せている人だって、けっして心が充実しているわけじゃない。なにかに全力をぶっつけて生きていけばいいんだ。そう決意し、むしろマイナスの面に賭けたほうが人生はおもしろくなる。自分より条件のいい人をみてうらやましがったりするなんて、バカげている。それよりもむしろ悪条件で闘っている者のほうが、すっ裸で生きられる条件のなかにあるんだ。自分に与えられた運命、自分が選んだ運命に絶対観で心身をぶっつけること。それによって、ほんとうに人間として充実した生き方ができる。外から見たカッコーだけの条件にこだわっていたら、キミは永遠にむなしくなるだけだ。腹を決めて生きることをぼくは奨めるな」


こうした文章を読み返して岡本先生の絵を見れば勇気が湧いてくること間違いなしである。


                              午後の日

午後の日



                                夜

夜


                               明日の神話
明日の神話

この本のタイトルは一見ありふれたものです。もしこれを「コミュニケーション能力開発」とかだったらこれほどまでのベストセラーにはならなかったのではないでしょうか。テレビで知られた池上彰さんの控えめな人柄(?)にイメージが重なり合う絶妙な、素晴らしいタイトルではないかと思うのです。


著者の池上彰さんは報道記者として20年間NHKに勤められました。また11年間という長い期間「週間子供ニュース」を担当され一般のニュースを子供達にもわかり易く解説するお茶の間のお父さん役になっておられました。この本は池上さんのこうした体験を「伝える力」というタイトルで一冊の本にまとめています。タイトルに惹かれましたし何度も新聞などに取り上げられていることもあり私も購入して読むことになりました。


彼が若いころに警視庁の記者クラブに所属して殺人事件の取材をした体験が印象的でした。NHKのニュース記者として警察や現場周辺の情報を取材して記事にされたのですが、翌朝の新聞を開くと自分の知らない情報が文章になって大変驚いたとのことです。新聞社の記者もトクダネを狙って独自に取材をしているのでしょう。そこで感じたのは「わかったつもりが怖い」と述べておられます。知ったつもりでも実は知らないことが山ほどあることを知るべきだとの反省でした。「謙虚になることの大切さ」という姿勢がないと何も見えてこないし成長も上達も無いといっておられます。同じような別の例も上げておられます。20代のビジネスマンが何か報告書をまとめたとします。時間をかけて作った報告書は会心の出来だと思い込みすることがあります。先輩からみれば稚拙で内容はもう一歩という評価であることが少なくありません。それを「自分の報告書は完璧だ」「非の打ち所がない」などと思ってしまうと成長はありえないということです。


私もまったく似たような体験は数知れずありました。1つには貿易部に所属していて少し英文を作ることが出来るようになり、自分であれこれ随分時間をかけ、また専門用語なども徹底的に調べたつもりで英文を作ったのですが、当時の上司から赤ペンで徹底して塗り替えられました。そして感謝すべきところを「何でこの書き方でいけないのか・・・」と逆に反論したこともあります。上司からは「文句を言わず、修正した通りに直しなさい・・・」という強い言葉が返ってきました。今思い出すと独りよがりの文章を書いてた自分に全く恥じ入るばかりです。何年もかけて英文作成の実践を繰り返してきた先輩には一部の専門知識が勝っていたとしてもかなう訳がなかったのです。


私は今、当時の上司の立場で若い社員に接しています。通常、若い社員は謙虚に指示どおり活躍しておりますが、時々若い時分の私を見ているような場合にも遭遇します。「自分で作ったキャッチや文章」、「自分でデザインした画像や構図」、「自分で図面を引いたデザイン」、「自分で考えた営業企画」、当然制作者のプライドもあり一生懸命に制作した文章や作品に修正を強制するのは気の毒な気持ちがよぎるときもあります。しかしやはり実践体験が短いので未熟過ぎて朱を入れなければならないことが多々生じます。私の体験から、部下が直ぐに納得して修正に従うことは期待していませんし、むしろ渋々従うとか大いに葛藤があってしかるべきだと思います。しかしいつの日か自分の未熟さと謙虚になることの大切さに気づいてくれることを信じて向かい合っています。そういう意味では昔も今も上司と若い社員の関係は同じなのかなと思います。


ここで池上彰さんの本に無かった表現をすることを試みてみます。「理解してもらう」ということは、「伝える」ことと同義でもあります。しかしこの本での「伝える」という意味は、できるだけ「直ぐ」に理解することを前提にしてしているように思います。一方で時間をかけないと「理解してもらう」ことが出来ないことも多々あります。そのためには粘り強く言葉を変えて繰り返して教えることや、変な話ですが失敗を早く体験させてやることも含まれるように思います。このように言うのは簡単なのですが利益を追求して行く会社の中では「時間をかけて」とか「失敗を体験させる」とかは非常に難しいことも事実です。


「優れた文章を書き写す」という行為が文章作成の訓練になるという勉強方法を解説している箇所も大変気に入りました。若い池上さんはNHKの記者時代に何をどう書けばよいのかわからなかったといいます。確かに考えてみれば大学時代に記者の勉強などしなかったに違いありません。どうしたのかといえば彼は帰宅してからひたすら先輩の過去の記事を一字一句丸写しで繰り返し鉛筆で書いて練習したといいます。つまりはニュースの原稿の書き方を頭と手に叩き込んだといいます。これを読んで私も今からでもやって見ようという気持ちになり新聞の短い文章を書き写しています。実は、まだ1回実践しただけで話になりませんが時々思い出してやってみようという気持ちに偽りはありません。


しかし池上さんのこの体験はあらゆる仕事やスポーツに通じるものだと強く思いました。「私流の」や「俺の仕事のやり方」などというものは特に若い人は最初からないと思っている方が有利に働くと断言できます。グラフィックでもデザインでも営業においても、スポーツも、お笑いだとしても一流といわれる人は皆「まねる」ことから初めています。私の仕事は特殊なので考えないと生まれない・・・などと空っぽの頭を絞っても何も生まれるわけは無いのです。まずは何事もひたすら徹底して「まねる」実践を繰り返し体験を積んで積み重ねる事をひたむきに継続して初めて、ちょっぴり僅かに自分のやり方がつかめてくるのだと思います。「たら、れば」の世界になりますが、残念ながら私はこういうことをある程度理解できるようになったのは最近のことです。もしも20代、いや40代でも誰かが教えてくれたら・・・きっと! ? 。いやいや今からでも・・・と考え、後悔はしないことにしましょう。


「音読する」というタイトルには大変励まされました。池上さんの場合は、本を出版される前の原稿は全て音読されるとのことです。400字詰め原稿用紙で300枚以上あるというので大変つらいのですが音読することによって全体のリズムを整えられるといいます。目読では得られない気づきがあるともいいます。
実は会社でこの池上彰さんの「伝える力」を皆で2ヶ月くらいかけて最後まで読み通しました。時代を反映したわかりやすい教養講座に参加したような気分で皆んなで順番に音読したわけです。読んでおいて・・・と本を与えるよりも、皆で少し緊張しながらも声を出して読むことに良さがあると思っております。