私は毎朝、坂本竜馬になります。本当は坂本竜馬のような気持ちになるといったほうが正しいのですが・・・。


今、ユニオン号を指揮して関門海峡付近で幕府軍と戦闘状態です。近くの海域では高杉晋作が農民や商人の若者を騎兵隊として統率して同じように戦っております。


自分の先生である勝海舟が敵の幕府艦隊を指揮しているのか大変心配しております。つまり先生と戦うことはやりたくなしい心が痛みます。数週間前に鹿児島や霧島を新婚旅行した奥さんのお龍さんは安全な長崎商人の小曽根英四郎にかくまってもらっています。このように幕府が転覆する前の劇的な歴史のなかで、ある時期、主役を演じている坂本竜馬は私の中のヒーローです。


会社の仲間2人とこの物語を毎朝15分間だけ英文で読んでいます。時事ニュースなど英語学習の教材にしてきましたが、今はこの坂本竜馬の英訳を教科書にしているのです。本来日本の歴史小説なので英文にする必要はないのですが英語で表現するとそれなりに味があります。明治維新など詳しいことを知る西洋人はほとんどおりませんので、いつか英語で解説できればと思うこともあります。時には西郷隆盛、桂小五郎、小松帯刀など登場人物になりきって英文を読もう~といいながら何度も音読をします。


薩長同盟のシーンでは、そこまでこぎつける思索や作戦はいかばかりだったのだろうか? きっと人を説得する力ある行動は冷静な考えと溢れるばかりの情熱なしにはできなかったでしょう。


さて英語の勉強は「ひたすら声を出して読み繰り返す」ことにあるといまさらながら確信するのです。野球の1000本ノック、柔道の打ち込み、剣道の素振り・・・皆同じだと思います。必ず読むたびに単語や文章に新しい発見があります。人は簡単なことが難しく実行出来ないのです。言葉を変えれば、考えずにアホになってやることがコツだと思います。


そう思うと最近は、これは英語学習だけではないぞ・・・とも思うのです。パソコンの勉強、歴史を学ぶことも、さらに数学だって日本語のテキストをそのまま声を出して読んで読んで読みまくるのが秘訣なのではと思います。若いころはもちろん、かなり?の年齢になってしまった最近までこのことに気づきませんでした。


http://oftww.com/new/index.html

私は山形県で生まれました。山形でも尾花沢というとにかく雪深い地域で育ちました。11月から3月まで雪のなかでジッと閉じこもっている生活です。子供のころなので冬はスキーばかりして遊びました。なのでスキーには少し自信があります。


しかし今考えることは当時の大人は何を希望に生活をしていたのだろうかと振り返ってみたくなります。近くに銀行も郵便局もない、スーパーもない世界です。


戦後の仕事の無い時代、しかたなく開拓農民になった父母はやせた原野を耕すことからコツコツと始めました。せっかく種をまいても野鳥がそれを食べるために鳥を追うのが日課だったなどという想像もできない笑うに笑えない話を聞いたことがあります。


北国の農家は年に一回しか育てるチャンスがなく厳しい冬に耐え野山がいっせいに芽吹く春をじっと待つのです。いつの日か父は自分にしか作れない作物を作るのだ・・・という姿勢で仕事に取り組んでいたように思います。雪深く外で仕事ができない冬は彼にとって研究したり農学部出身の先生に話を聞きに行ったりする絶好の季節でした。


父がスイカに出会ったのは私が幼稚園に成り立てのころです。幸運にも土地柄もよかったのでしょうか、どんどん研究と改良が進み地域の一大産物になってゆきました。スイカの育ての親として父は皇居で表彰を受ける機会もありました。豊かな生活には程遠いものでしたがこの表彰は父のまた家族の誇りでした。


今、私はペット用品を輸入したり開発したりする会社を営んでいます。ただ底流に流れる生き方はよく見ると父に似ているようです。私も派手にやるよりもコツコツ我慢強くというのが結局は一番しっくりくる生き方なのです。やはり、長いスパンで見ると親がつくる環境に子供は大いに影響されるものなのです。

ブログタイトルを「朝日のあたる家」にしました。

私が学生時代に世の中の事件など関心がもてないほど希望のない生活を送っていました。いまから思えば青春まっただなかでいったい何をしていたのか・・・と後悔この上ない自分だったのです。そんな中でアニマルズが歌うこの「朝日のあたる家」だけは記憶に残っている唯一の曲です。世界中が緊張する中、特にベトナム戦争に反対する反戦歌でもあったと思います。体を張ってデモ行進に向かう友人がうらやましく、真似事のようにこっそり後ろからついていったことを記憶しております。当時の我々若者が新しい価値観を激しく求めていく時代でもあったと思われます。
一方で「朝日のあたる家」そのままの意味を思うと、なんともすがすがしい健康的なイメージが含まれています。暗い闇夜を経験したも者が太陽の光線をもとめるのは素直な本能ともいえるでしょう。この歌を聴くと過去を思い未来に生きる勇気がわいてきます。皆さんもそんな歌をもっていますか?