渡辺先生の「修身のすすめ」という本に、サムエル・スマイルズが著した「自助論」が掲載されいてます。有名な言葉「天は自ら助くるものを助く」はこの自助論から生まれました。社内の2グループで一緒に輪読しており読むほどに味わいが増します。


明治から大正初期にかけて日本の青年たちが自らの力で新しい国家の建設に向け活躍したことは歴史上の事実です。大変革期の環境の中で彼らは何を心の支えとして生きていたのか、その一つがこの自助論であるというのです。また渡辺先生自身も若い頃に出会ったこの本に大いに励まされて生きてきたという内容です。


私は維新の志士や企業家を描いた歴史小説が大好きです。坂本竜馬、高杉晋作、伊藤博文、西郷隆盛、井上馨、桂太郎、大久保利通、岩崎弥太郎、渋沢栄一、福沢諭吉、この中で自助論を殆どの人は読んだのでしょうか? 坂本竜馬は明治政府樹立の前年に暗殺され、また高杉晋作は同年に病死しています。この本が日本で紹介される前と思われるのでこの両人はきっと読んではいないかも知れません。このような有名な人々だけでなく維新後に活躍する科学者や軍人や地方の志を持った若者がこぞってこの本に夢中になり読んだと思われます。このように想像するだけでどんな内容が書かれているか早く知りたい気持ちにさせてくれました。


スマイルズはイギリス生まれで医者でもあります。戦争が一時終わり医者余りの時代環境もあり、一方で文章の才能に恵まれていたことからジャーナリストになりました。そして沢山の企業家のいろいろな成功実話を文章にし本にして出版したのです。当時のイギリスはワットにより蒸気機関が発明され繊維産業を中心に工業生産が飛躍的に伸びた時代です。また植民地政策で原料の調達と工業製品の販売ルートが確立され、最高時は世界の工業生産の60%をイギリスが占めていたという時代です。成功者は労働者階級からミドルクラスの貴族にもなれるという階級移行制度もあり自分で起業する若い青年実業家が生まれ始めた時代でした。


無数の成功事例、そしてどのような心構えで仕事に取り組むべきかを解説した自助論は「志を立て努力して修養を積めば社会から尊敬される」という思想となって若者の間でベストセラーになったのです。


どのようにして日本に紹介されたのかという事についても解り易く解説されています。日本はこのころ江戸幕府が倒れ士農工商という階級制度がなくなり能力のある青年が広く活躍できる環境になってきました。江戸幕府の末期に西洋視察と称して派遣された若者12名のまとめ役として中村正直という当時で35才の秀才が随行しておりました。当時のイギリス国家の勢いを目の当たりにしてその興隆を支えているものは何かを考え続けていましたが理解できないまま帰国の時期を迎えることになるのです。帰国間際に今若者の間でベストセラーだとして手渡されたのがスマイルズの自助論だったのです。帰国の船の中で翻訳し既に自分で見た活気あるイギリス社会と本の内容との結びつきを突きとめ日本語にしたのが「西国立志篇」という翻訳書籍です。つまりこれが別名「自助論」となって明治時代に読みやすく紹介され日本国内でもベストセラーになったのです。福沢諭吉の「学問のすすめ」と両輪のようになって当時の若者の心に火をつけたというわけです。


そして何故約100年後に生まれた私たち世代ではこのようなりっぱな思想を知る機会を失ったのでしょうか?素朴なこの疑問にも解り易く渡辺先生は解説しています。それは社会主義が世界的なブームになったからだということです。当時は世界中で立派な先生や学者も社会主義思想になびいてゆきます。簡単に言えば人民は皆平等であり国家が全てを与えてくれるという思想です。そういえば私が中学生だった頃に歴史の先生に教わったことがあります。「ゆりかごから墓場まで・・・」イギリスという福祉国家は赤ちゃんの時から老人となって死ぬまで国が面倒を見てくれるのです。と先進国の象徴として若い先生がいかにも誇らしげにりっぱな国として紹介していたのです。当時の私は先生の教えが正しいと当然ながら受け入れていたのです。しかし今となりその後の歴史をたどるとイギリスの経済は衰退しマーガレットサッチャー首相になって行過ぎた社会主義の弊害にメスを入れるまでずっ~と蝕まれ続けてきました。


1991年に社会主義の象徴であったソビエト連邦が崩壊したことを契機に、いよいよ自助論が再登場するだろう、世界はその潮流に乗って動いているとのご指摘です。特にデフレの時代には革新的な発明や新ビジネスの誕生を世間が要求します。そこには個人の国家に頼らない旺盛な企業家意識が育まれる土壌=自由な思想が必要です。それが「自助論」だと渡辺先生は言うのです。


また一方でダーウィンの「種の起源」が当時イギリスで発刊されました。「自助論」は奇遇にも同じ年に同国で発刊されていることも調べられています。自然界の生物は環境に適したものだけが生き延びまたそれに合わせるように進化する、と説くダーウィンの進化論は、「自助論」でいう国家や組織に頼らず自らが時代の要求に応える革新的なビジネスを企てることで生き延びて発展する。つまり人間界の進化論といい変えてもいいのではないかと解釈しております。


このように歴史的な思想と学術論を産業革命や明治維新のような国家の大きなうねりの中で結びつけ分かり易くしかも面白く解説できるのは渡辺先生ならではと感心してしまいます。


これからは「自助論」の思想がますます認められてゆく時代であるとのご指摘に私は大いに賛同いたします。ビジネスの環境が悪いとか、この業界が今いちとか言っても始まらないことは言うまでもありません。人々を楽しくさせ、そして便利で夢のある新商品をたゆまず開発し、それを新しい市場に展開してゆくことを続けられるよう組織が進化してゆくならば明るい未来の扉を自らの手で次々と開いて行けるものと信じます。そしてまた社内の1人でも多くがこのような歴史のバックボーンを持つ偉大な思想「自助論」を理解して心の支えとし一緒に仕事をしていただきたいと願うばかりです。


株式会社オーエフティー・代表取締役 若林昇のブログ