どえりゃー金ピカだがや! | ゴモラでございます

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おはようございます。
昨晩からの雨が止み、容赦ない陽光が後頭部に照り付けています。

JRの駅前に2009年に建てられた織田信長の金箔の銅像がJR岐阜駅前広場に建てられてます。

像は高さ約3メートルで、台座を含めると約11メートル。「新しいもの好き」といわれた性格を表すようにマントを羽織り、火縄銃と西洋かぶとを手にしている。

岐阜市制120周年を記念して県内の企業や市民の募金でつくり、市に寄贈さたそうです。

織田信長は、尾張出身であり、岐阜なら 岐阜らしく、美濃の戦国大名の斎藤道三の像を建設するべきであるという意見も多かったようです。

確かに、そのとおりなんですが、斎藤道三の全国的な知名度の低さがネックとなり、信長にこの座を奪われたようです。

なぜJR岐阜駅前に信長の像が建っているかというと、信長は、「岐阜という地名の名付け親」だからです。

信長は1567年、当時「井の口」と呼ばれていた地名を「岐阜」と改めたそうです。

戦国時代、稲葉城(現:岐阜城)を支配下においた織田信長は、 禅僧の沢彦宗恩に何か良い名前はないかと考案を命じたそうです。

沢彦和尚は、中国の故事にならい「岐山」、「岐陽」、「曲阜」の3つの地名を信長に推奨したとのこと。

その候補の中から信長は、「岐山」の岐と「曲阜」の阜を組み合わせて、現在の県名である「岐阜」が誕生したとされています。

ちなみに、「岐山」はその昔、鳳凰がまいおりたとされる山、 「曲阜」は儒教の開祖である孔子の生まれ故郷といわれています。

また、全国には、47の都道府県がありますが、 その中で名前が中国の漢籍古典による都道府県は岐阜県だけだそうです。

「平成」などの元号の付け方として縁起の良い意味を持つ字の組み合わせを、漢籍古典を典拠にして採用することからも、「岐阜」という地名は、かなり由緒のあると云えますね。

柳ヶ瀬商店街の良さは、やはり、落ち着いた雰囲気が魅力であると思います。

夜間、歩いていますと、まるで、東欧...そう、プラハの街角にでも迷い混んだ錯覚さえ覚えます。

赤絨毯が中央にあるってのも、其処は彼となく(そこはかとなく)ゴージャス感があって中世気分?をも満喫することができます。

鵜飼見物などで岐阜市に訪れた際は、夜の柳ヶ瀬商店街を散策してお洒落気分を楽しんで頂きたいと思います。