今日は都民の日。子供たちは休みで、様々な施設が無料になる日。
ということで、普段行かない『上野動物園』に行ってみました。
まずはバスに乗る時に『1日乗車券』を買います。1日どんなに乗っても都営バスなら¥500
行き帰りにバス乗っただけで¥420なので、3回乗れば完全にお得です。
これで錦糸町まで行き、乗り換えで『夢の下町』で、押上回りで上野まで。
これに乗るだけで、『東京スカイツリー』『浅草』『河童橋』『上野』と一気に見れるので、とてもお得ですw
途中下車しても1日乗車券なら問題なし。ただ、今回は上野動物園目的な上に3時から雨が酷くなるというので、途中下車しませんでしたが。
上野公園山下で下車し、お腹も空いていたので、行きつけの回転寿司屋へ。
斜め前の海鮮三崎港は一昨日TVで『たれ寿司』『こぼれ寿司』が放送されていたので、行列。
・・・寿司屋の中ではああいう寿司って下寿司とされているんですけどね。
シャリとのバランスが取れていないんで。でも、今の世の中ああいうのが喜ばれるんですよね。
お腹いっぱいになったところで、動物園に。
丁度いい運動になります。
動物園は適度に混んでいるものの、それほどでもないので、すぐに見られます。
パンダなんて20分待ちとか表示されながら5分で見られましたよ。
初めて生パンダ見ました。1頭はケツ見せて寝ているだけでテンション下がりましたが、もう1頭は座って笹食べていてアガりました。
・・・ゴメン、正直パンダなんて・・・と思っていましたが、やっぱり本物は違いますね。
昔と違って、檻もまんまコンクリートと鉄柵というのではなく、アクリルや強化ガラスを使用し、生態展示になっているんですね。
ゾウなんて水浴びや砂浴びしてましたよ。
そして、やっぱり動物園といえば『ライオン』でしょう!!
うお!ライオンの場所ってシャングルっぽくなってる!?
・・・でもいないな・・・?
と思ったら、雨が苦手なようで、檻の方に寄って寝てました。
時々起きてキョロキョロしているんですが、ほとんど見えなくて残念。
逆にアグレッシヴに動いているのが『トラ』。
結構歩き回っているので見応えありました。
そして、入口に頭部骨格が飾られているんですが、もう・・・ね、コイツにジャングルで遭ったら確実にヤられるだろうと。犬歯がスゴいですよ。
ゴリラは寝そべっていましたが、思ったより小さい個体でしたね。メスだったのかも。
他に鳥の展示室に行ったのですが、コアリクイが昼寝をしていましてね。
コイツが舌出しながら寝ちゃっていて、すごく可愛いかったです。
視覚的にも楽しめて、勉強になるガイド展示物もあり、本当に動物園って進化しているなぁ・・・と。
ゾウなんて名前と体重が表示される場所があったりしましたし。どこかに体重計か何かが仕掛けられているのかも。
他にも色々と見たかったのですが、雨が強くなってきたので終了。
帰りのバスもすぐに来て、タイミングばっちりでした。
あー、本当に久々の動物園、楽しかったです。
ブログネタ:アメブロに欲しい新機能は?【松坂牛ステーキが当たる】 参加中本文はここから
ブログに欲しい機能というと、『相づち』機能ですね。
よくニコニコチャンネルで、他の人の書き込みが流れるじゃないですか。
でも、見てもらえなければ書き込みも無いワケで。
特に自分のような人気のないブログにはコメントも無くて寂しい限り。
そこで『相づち』機能ですよ!
適当にブログを書いた所で、相づちボタン(今書き込んでいるここの上にある顔文字ボタンの隣にあるイメージで)をポン!と押すと、人工知能が適当に
(
え~、そうかな?)とか
(
そうだよね!)みたいな感じで、本当に適当に相づちをいれてくれるという・・・
ダメですかね?この発想寂しすぎますか?
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中学生2人がこの世からいなくなった。
彼らの先生、ご両親、友人たちは一体何を教えてきたのだろうか?
自分が思うに、おそらくは『善意』なのだろう。
だから彼らは安心して夜に出歩き、遠出をしようとしたのだろう。
しかし、実際の世界は善意だけではなく、『悪意』によっても満たされている。
悪意を持った人間によって、平和な世界が破壊される映画『デモリションマン』や『ジャッジドレッド』(両方ともスタローン主演です)を観れば解りやすいかもしれない。
無抵抗な者を許す者は、最初から悪意を持っていないのだ。
悪意があるからこそ、無抵抗な人間を襲う事が出来る。
彼らが悪意に対して、少しでも用心していれば、助かったかもしれない。
彼らは世界の善意を信じて死んだ。
容疑者の人間性を信じて死んだ。
ならば、何故今頃になって周りの者が騒ぐのだろうか?
後になって騒ぐぐらいなら、死ぬ前に注意するぐらいの事が出来なかったのだろうか?
周りの彼らも、本当に世界の善意を信じていたのだろうか?
しかし、その善意は今裏切られた。
彼らは今後どうするのだろうか?
今回の事を忘れて、また世界の善意を信じるのだろうか?
それとも、世界の悪意を信じるのだろうか?
自分が子供の頃は、日が暮れても公園にいると
「早くおうちに帰らないと、こわいおじさんに連れていかれちゃうよ?」
と、通りかかる大人が注意してくれたものだった。
しかし、そんな大人は今の時代にはほとんどいない。
優しさによって作られた偽りの世界の中で、我々は他人事として付き合っている。
彼らが見つかった現場には花束が置かれ、サインペンでこう書かれていた。
「犯人を絶対にゆるさない。」
こう書いた人は、他人事だからこのように書く。
本当に許さないとしたら、どのような行動をとるのだろうか?
実質何もしないのであれば、無意味だ。
せめて、周りに言う事を続けて欲しい。
「早くおうちに帰らないと、こわいおじさんに連れていかれちゃうよ?」
と。
彼らの先生、ご両親、友人たちは一体何を教えてきたのだろうか?
自分が思うに、おそらくは『善意』なのだろう。
だから彼らは安心して夜に出歩き、遠出をしようとしたのだろう。
しかし、実際の世界は善意だけではなく、『悪意』によっても満たされている。
悪意を持った人間によって、平和な世界が破壊される映画『デモリションマン』や『ジャッジドレッド』(両方ともスタローン主演です)を観れば解りやすいかもしれない。
無抵抗な者を許す者は、最初から悪意を持っていないのだ。
悪意があるからこそ、無抵抗な人間を襲う事が出来る。
彼らが悪意に対して、少しでも用心していれば、助かったかもしれない。
彼らは世界の善意を信じて死んだ。
容疑者の人間性を信じて死んだ。
ならば、何故今頃になって周りの者が騒ぐのだろうか?
後になって騒ぐぐらいなら、死ぬ前に注意するぐらいの事が出来なかったのだろうか?
周りの彼らも、本当に世界の善意を信じていたのだろうか?
しかし、その善意は今裏切られた。
彼らは今後どうするのだろうか?
今回の事を忘れて、また世界の善意を信じるのだろうか?
それとも、世界の悪意を信じるのだろうか?
自分が子供の頃は、日が暮れても公園にいると
「早くおうちに帰らないと、こわいおじさんに連れていかれちゃうよ?」
と、通りかかる大人が注意してくれたものだった。
しかし、そんな大人は今の時代にはほとんどいない。
優しさによって作られた偽りの世界の中で、我々は他人事として付き合っている。
彼らが見つかった現場には花束が置かれ、サインペンでこう書かれていた。
「犯人を絶対にゆるさない。」
こう書いた人は、他人事だからこのように書く。
本当に許さないとしたら、どのような行動をとるのだろうか?
実質何もしないのであれば、無意味だ。
せめて、周りに言う事を続けて欲しい。
「早くおうちに帰らないと、こわいおじさんに連れていかれちゃうよ?」
と。
