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七転八倒/七転八起

”sign マツモト”栃木の看板屋オヤジの日記。
趣味を中心に日々の出来事など 気まぐれで書いてます。
当ブログは個人の日記として行っているので、
偏った考えや 修正・加筆・削除など行う事が有ります。
アメンバー募集していません。御免なさい!




と言っても瑛っ知な事では無い。




私は主である。

イバれるくらいの大主では無いが、数ヶ月に1度くらい痛みと出血を伴うくらいの小主。

なのであまり深刻では無いと勝手に思っている。


御不浄の際には当然ウォシュレットが必須なのだが、優しく洗わないとカナリ痛いのだ。

自宅や自工場のトイレはいつも最弱に設定してあるし、他での御不浄の時は強弱設定を確かめるよう気を付けるようにしている。

だが忘れて「ウッ!」っとなる事はタマに有るのは否めないが。




先日、御得意様の会社に納品に行った時のお話。

そこの会社は2階建ての事務所棟と平屋の倉庫棟に別れており、事務所に勤務する女性社員の方々が皆素敵な笑顔が魅力的。

お伺いする時が毎度楽しみなのである。


男性社員は倉庫棟のトイレ、女性社員は事務所棟1階、取締役とお客様は事務所棟2階と決まってい訳ではないが、なんとなく「住み分け」のような事になっている。


その日は朝から腹具合が悪く何回もトイレで格闘していた。

納品に向かう道中でもよおしてきたのでコンビニで済まそうと立ち寄ったが、いくら待っても使用中が解けない。

仕方なく納品先のトイレを借りようと向かったが、なぜか男性社員が全員出掛けていて倉庫棟も閉まっていた。

事務所に納品の事を伝えると、コチラで預かりますと素敵な笑顔。

イヤイヤそうじゃなくて、トイレを借りたいので倉庫棟のシャッターを開けて欲しいのだが。。。

お腹の急降下も逼迫してきたのでトイレを借りたいと恥かしながら伝えると、「コチラをお使い下さい。」と笑顔で事務所棟1階のトイレを指される。

ヤバイなぁと思いながら1階のトイレに入ったが予感は的中。

そこは別世界。言うなれば、お花畑というか教会の祭壇というか。。。

こんな所で脱糞して良いものかとの想いが頭を過るが、躊躇してる暇は無かった。


パラッパッパ~

天使のラッパが吹いたような一時を過ごした後、ウォシュレットのボタンを押す。






「ウギャァァァァァッ!!」

今まで経験した事の無い激痛!
手元の強弱を見ると水圧MAX(;´д`)
水圧の強さは場所によってこんなにも違うの?

う~ん
鋼鉄のお尻の持ち主は、眼鏡美人のアノ女性?
それともハスキー声がセクシーたなアノ女性?
それとも。。。

考えたくも無い出来事でした(^_^;)





今日は茨城県古河市まで現調。

ついでにエンジン異音の調子を見る為、グラトラで走り出した。

なんか去年も仕事にかこつけてバイクで行ったような・・・

蔓延防止等重点措置中だしね。

現調終わったらさっさと栃木県に帰らなきゃいかんのだけが、一箇所だけ見ておきたい景色。

 

Mellwさんや小堀ダイスケさんが走ったススキの原っぱ道。

 
 
 
 
さて、県内に戻ってさらに寄り道。

 
森高 千里さんの歌 「渡良瀬橋」
渡良瀬橋は森高さんの出身 熊本ではなく栃木県なのだよ! 
なぜ栃木県の橋を題材にしたのかは知りません。
失礼ながら当時あまり興味が有った歌手では無く、「脚が凶器並みに綺麗な子」としか記憶に無い。
同じ歳だったのは最近知りました(^_^;)
橋の近くに建つ記念碑
ボタンを押すと歌が流れるが、通る車の騒音の方が大きくよく聞こえない
 
河原に降りて見たまでは良いが、北風がとても冷たくて風邪をひいたらシャレにならんので早々に退散。
とてもじゃないが夕方まで我慢できんかったのよ。
自分のブログを見ると、去年はずいぶん前に春一番が吹いて暖かだったと。
今年は寒いもんなぁ。。。
 
 
 
年末に撮った夕日を貼ってエンディングとします。
夕日がぁ 綺麗なぁ 街ぃ~♪
 
 
ついにシーズンイン。
バイクで疾走れば
気分は上々!

オーバーホールから戻ってきたフロントフォーク

 

これといってナニも無く、サクッと取り付け
 
中古で嫁いできた時には外されていたブーツも付けて完了
 
 
 
 
異音が消えたと言っても完璧では無い「ような気がする」エンジン。
簡単に自分で出来そうなカムチェーンテンショナーを交換。
どちらかとゆうとコッチがメイン。
 
 
六角ボルトを外して引き抜く。
幸いにガスケットの固着がなかったので簡単に外れた。
 
センターのゴムキャップは再使用
+溝の奥 -のスクリューを回すと
テンショナーのバーが引っ込む。離すと伸びてしまう。
これでカムチェーンスライダーを押してテンションをかけているのだ。
 
 
新品の方には -スクリューが回らないようストッパーが入っている。
これは取り付け終わるまで外してはいけませんw
新しいガスケットと共に取り付けて
ストッパーを外し
ゴムキャップで塞ぐ
 
完成(*’ω’ノノ゙☆パチパチ
こんなパーツでも結構なお値段した。
部品番号調べてもらってから値段を聴いて驚いた!
「やっぱり高いので要りません」と言えない小心者なのだ。
バーが引っ掛かっているだけという症例もあるらしいので、まずストッパーを自作して外して再取り付けする事をお奨めする。
 
さて、どんな音を奏でるのか楽しみなのである。

オーバーホールされたグラトラBBのフロントフォークを組み付けたが、寒さにゃ勝てずに試運転にも出てない根性無しのオッサンです。

組み付け画像の前に、どうしても書きたいネタがありまして。

といっても毎度の旧海軍と艦船模型ですが(^_^;)

 

 

幼少の頃から旧海軍艦艇が好きだったが、年齢と共に興味対象が航空母艦から重巡洋艦へと移ってきたその切掛。

 

小学生が自分のお年玉や小遣いを貯めて買える艦艇プラモデル。

当時「30cmシリーズ」として販売されていたモーターライズで水上を走らせる事が出来る物だった。

お借りした画像

 

モーターや電池ボックスといった機関部がユニット化されていて子供でも簡単に組めたので、何隻作ったか解らない。

スクリュー部から浸水しないようにマーガリンを詰めたが、船体が小さく喫水線が浅いので水を被り、半数以上が野池に沈んでいった悲しい思い出。

 

友人が米戦艦ミズーリだかサウズダコダの大きなモデルを持ってきたのが羨ましくて、Xmasにねだって買って貰ったのが重巡洋艦 妙高の1/350フルハルモデル。

アオシマ製だったのかは定かでは無い。

箱絵は右向きだったような。。。

 

妙高が欲しかった訳では無い。

「大きな戦艦のプラモデルが欲しい」と聞いた親父が訳も分からず買って来たのだ。

 

とにかく60cmになろうかという大きな船体に大はしゃぎ。

小僧の私 「すげー! この戦艦 魚雷まである! 重巡洋艦ってなに?」

親父「・・・・・ 戦艦の重くて強いヤツだろ」

小僧の私 「妙高?  なんて読むの?」

親父「・・・・ 分からん。自分で調べろ」

小僧の私「あれ? モーターが入って無いよ? スクリューも回らないし 水の上を走らせる事出来ないじゃない」

親父「そういうのを自分で走るように作るのがプラモデルの楽しさだろ」

 

今考えたら なんとも無責任な親父だったな。。。

妙高の漢字が読めず、妙⇒砂と解釈して「さたか」と命名し

大人の今ならラジコン化さえ不可能ではないが、所詮は小学生。

釣用鉛を艦底部に油粘土で固定して、転覆しないようにするのが精一杯。

モーターで走る事はできなかったが、なんとか無事に御本丸公園の噴水池で進水を迎えるのでした www

 

 

 

 

太平洋戦争時の帝国海軍重巡洋艦(一等巡洋艦)は大きく分けると 6タイプ。

竣工年代順に

・古鷹型 (姉妹艦 加古)

・青葉型 (姉妹艦 衣笠) 

・妙高型 (姉妹艦 那智 足柄 羽黒)

・高雄型 (姉妹艦 愛宕 麻耶 鳥海)

・最上型 (姉妹艦 鈴谷 愛宕 熊野)

・利根型 (姉妹艦 筑摩)

※青葉型を古鷹型改とする書物も有り。 また最上型・利根型は最初 ロンドン海軍軍縮条約の為に排水量を誤魔化し15.5cm砲を積み軽巡洋艦(二等巡洋艦)として建造される。なので重巡なのに山の艦名ではなく河川の艦名。

後に20.3cmの主砲に換装され重巡級となるが、書類上は最後まで軽巡のまま。

 

今でも重巡の中で一番 ”カッコイイ”と思っているのが妙高型。

 

手前 古鷹型二番艦「加古」    奥 青葉型一番艦「青葉」 

形は悪くないが、やはり旧式感が否めない
 
 
 
手前 妙高型一番艦「妙高」    奥 高雄型一番艦「高雄」 
現在のイージス艦を思わせる艦橋で人気の高雄型だが、やはり無理くりした艦橋が大きすぎる。甲状腺の肥大したカバと言ってはイケマセン。
やはり妙高型の船体と構造物のバランスは絶妙!
 
 
 
 
 
 
 
 
手前 最上型三番艦「鈴谷」    奥 利根型二番艦「筑摩」 
うわ!? 艦橋 小っさ!  前甲板 長っ!
 
 
勿論 各艦ごとには狙ってこの形になった理由があるし、秀でた性能があるのは承知。
あくまでも”かっこ良いか?否か?” の基準ねw
 
その最も格好良い重巡妙高型も帝国海軍艦艇に多い四姉妹
・長女 妙高 昭和4年/1929年7月31日竣工
・次女 那智 昭和3年/1928年11月26日竣工 
※竣工は長女より早いが起工日が約一ヶ月遅い。御大礼特別観艦式に参加が決まっていたので間に合わせる為
・三女 足柄 昭和4年/1929年8月20日竣工
・四女 羽黒 昭和4年/1929年4月25日竣工
 ※末っ子も長女より竣工が早い。呉海軍工廠で建造予定が変更され三菱長崎造船所で建造された為。民間客船も作っていた造船所なので居住性が一番良かったとか。
 
 
 
 
左から 長女 妙高    次女 那智     四女 羽黒
 
あれっ!? 三女 足柄が居ないっ!!
製品化したのが海外出版社なので足柄の重要性が判っていないのか、戦艦・正規空母・重巡の中で唯一彼女だけがモデルアップされていない。
他の姉妹のように海戦参加の機会より 警備・輸送任務に従事する事が多かったから?
けっして合コンで失敗続きだからでは無いと思うが。。。えっ?

 

 

 

 

有名なので知っている方々も多いと思うが、そんな可哀想な足柄のお話し。

 

大正13年/1924年10月25日 ワシントン海軍軍縮条約による制限の基準排水量10,000t以下という条件の中で、20.3cm主砲10門という世界的に類を見ない「重火力武装巡洋艦」の妙高型三番艦として足柄は建造が始まる。

設計したのは今度も天才鬼才 平賀譲海軍造船大佐。

平賀は妙高型を重火力型として設計し、10門の主砲を10,000t以内に収める為と誘爆の危険性を考え、魚雷を持たない艦として設計。

実際に水雷戦の時は軽巡と駆逐艦が水雷戦隊として行動する。

しかし海軍は「魚雷が無いなんて巡洋艦ではない!」と。

それでも「平賀譲らず」と称された大佐は海軍の要求を突き返したため、設計主任を解任されヨーロッパ視察へ命じられる。

平賀が居ない間に海軍は後任の設計者に命じるが、後任も「そんな魚雷なんか積んだら10,000tをオーバーちゃいますよ~」と要求を断るが、海軍のゴリ押しで結局は魚雷を積むことに。

最終的には20.3cm連装砲5基10門 61cm三連装魚雷発射管4基12門という、とんでもない攻撃力を持った艦となったが、排水量10,000tをオーバーした条約違反の重巡が出来上った。

 

昭和12年/1937年5月20日 ジョージ6世戴冠記念観艦式に招かれ遠いイギリスまで航海した足柄は、ヨーロッパの人々から「飢えた狼」と称され、イギリス人記者からは「今日私は初めて軍艦を見た。今まで私が見てきたのは客船だった」とも。

これを聞いた日本海軍のお偉いさんがたは大層喜んだとか。

しかしこの評価は外人さん特有のブラックジョーク。

その真意は 飢えた狼のような戦う事しか考えていない気品のや優雅さの欠片も無い。

居住性なんかまるで考えてない無骨な船という皮肉。

当時イギリスでは世界中の植民地まで長い間航海するので、居住性や「女王陛下の軍艦」とゆう威厳も必用だった。

根本的に日本の軍艦とは求める物が違っていたので仕方がないと思うのだが。

 

 

KKワールドフォトプレス発行 「帝国連合艦隊」から

戴冠記念観艦式らしい 小松崎 茂 先生の絵   足柄の奥にはイギリス巡洋艦。  確かに客船みたいなシルエット

 

 

太平洋戦争が開戦 

昭和17年/1942年2月 足柄はスラバヤ沖開戦で四姉妹揃って出撃し、協力して連合軍の艦艇を8隻沈没させるなど大勝利。

その後シンガポールに逗留してインド洋に展開するイギリス海軍に睨みを効かせる警備・護衛行動をとったりと主戦場からは遠のく地味な任務に。

 

昭和19年/1944年10月、レイテ湾海戦には志摩艦隊として参戦するも、彼女が見たのは駆逐艦「時雨」を除いた西村艦隊の全滅という悲惨な光景。

 

昭和19年/1944年12月、度重なる空襲により元気に動ける艦が少なくなり なんとか寄せ集めた艦と共にフィリピン ミンドロ島の夜間砲撃に参加。哨戒中のB25から爆撃を受け中破するも航行に支障は無く、輸送船1隻を大破、さらに海岸へ砲弾を撃ち込み、上陸拠点や物資などを焼きつくすことに成功。

 

南シナ海域で残存兵力とともに輸送任務に着いていた足柄にも最後の時が。

昭和20年/1945年 6月、足柄は駆逐艦「神風」と陸軍兵士をシンガポールへ運ぶ任務に。

その途中、イギリス潜水艦「トレンチャット」から放たれた魚雷5発が彼女に突き刺さるが、

「飢えた狼の称号は伊達じゃない!」と轟沈する事をギリギリ我慢する。

彼女の最後の頑張りのおかげで ほとんどの乗組員が神風に救助され、

終戦わずか2ヶ月前の6月8日、輸送任務のため魚雷を積めず「牙の無い狼」となった足柄は、バンガ海峡へと静かに消えていくのでした。

合掌。

 

 

2022.11.24.-部加筆

 

 

 

私の工場は宇都宮市で、生活範囲もほぼ宇都宮。

でも一応は上三川町(なんと読むでしょう)の町民なのだ。

その上三川にはマイナーながらB級グルメが存在することを知った。

 


かみのかわ」なんて読めないよね


現在の地元となる町のB級グルメ

これは無視する訳にはいかない。



現場間の移動途中に立ち寄った うえ乃家さん。
いかにも食堂らしいお店。
惹かれる定食が色々あるが


やはりコレを食べとかなきゃ始まらないよね。



着丼!
ポスターより見た目好し
気さくに話す おかみさんのサービスで大盛りw
よく混ぜて食べるらしいが最初はそのまま一口

おっ! これイイ。
バラバラではないモッチリ系にソースが香ばしい。
刻んだ唐揚げがサクッとアクセントになっている。
続いては

オススメどうり良く混ぜて。
なるほど
色ほどしょっぱくは無いが、混ぜることでさらにマイルドになる。
正直言うとご飯と千切りキャベツは合わないとゆう見解だった。なのでソースカツ丼や金沢カレーなんかは先にキャベツを完食してから食べる事にしている。
このチャーハン ソース効果なのかキャベツが邪魔になるどころか、歯触りが有って良い。
大盛りにしなきゃ良かったかな? と思えるボリューム有り。

御馳走様でした!

食後にコーヒーサービス

ソース味のご飯なんて食べる事はソー無いよ。


さて
オーバーホールに出していたフロントフォークが帰ってきた。


寒いので組み付けは後程(^_^;)