現代湯治 | 銭湯、温泉探求録

現代湯治

前回で昔湯治の話はおしまいです。


さて、なぜ「昔湯治」と「昔」をつけたのか。

それは今現在使われている湯治という言葉と昔湯治はだいぶ意味合いが違っているからです。


お話した通り、昔湯治の本質はそこで出会う人との人間関係が温泉のよさと同等の魅力を持っていました。

しかし現在の湯治のなかに人間関係の魅力を求めてくる人は少ないです。むしろ人間関係から解放されることを願ってくるお客さんが多いような気がします。

もちろん昔湯治のような意味合いで湯治という言葉を使っているところもあります。


「静かな環境で、人間関係のしがらみから解放されて自分と向き合う、自分だけの時間をつくって本当の自分を再確認する」


今湯治で重要視されているのはそこなのかなと、約4か月、こちらに来てから思うようになりました。


上記のとおり、昔湯治は消える流れにありますが、一方で湯治という言葉は生まれ変わり、多様な意味を含むようになりました。

その多様な中で湯治という言葉の中身を決定するのは各風呂屋によって異なっています。

いわば今湯治は決定的な意味合いはまだ持っておらず、湯治戦国時代なわけですね。

いかに自分の宿のコンセプトと合わせて集客に結び付けるか、それが今湯治なのだと思っています。


それを選ぶ私たちは湯治というものがなんなのか、一応の理解はしておかないと、本質的な湯治という言葉の意味である「昔湯治」の文化が消えてしまう…

そう思ってこの記事を書きました。


なんとなく湯治の意味、わかっていただけたでしょうか?

今後もこういう湯の文化的側面も記事にしていきますね。お楽しみに!