いのちの場 | 銭湯、温泉探求録

いのちの場

こんばんは、風呂デューサーです。

今日は私が勤める旅館大沼の山荘で、東大名誉教授で、NPO法人「場の研究所」所長の清水博さんにおこしいただき、温泉と場というテーマでお話しいただきました↓


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24,5人のお客さんが来てます。


話の内容は清水先生が考えた理論、<いのちの居場所>がメインのお話でした。


わかりやすい例で言うと、男と女がいます。それぞれ顔見知りでもなければ完全に「個」ですよね。そして「個」であれば自分が生きること、自分にとって良いことを最優先しますね。

しかし「家庭」という場になると夫婦という役割をもちます。するとお互いに思いやったり気を遣ったり、「共存在」という状態になります。

単なる「個」であっても場所によって生き方が変わってくる…場所にいのちがあるか見えないけれど、居場所にもいのちがあるんじゃないか!と考えたわけです。



また、二重生命ということもお話しいただきました。


居場所にいのちがあるならば、地球にいのちがある、そんな地球に住む生物たち、そんな生物を構成する細胞…といのちの中にいのちがある状態をさします。

地球のなかでは生命が連続しているように、私たちのなかでも細胞が生まれて死に、生まれて死にを繰り返しています。それによって人間という種を維持しています。

地球も同じで、地球のなかで生物が死んだり生まれたりすることで地球は現状を維持しているということです。



私のような聞いただけの人間が説明すると逆に怪しいですね笑


私の頭に残っているのは「社会は人と人とのつながりだけで、生きる場はあっても生きていくための場がない」ということです。まさに仕事に追われ、自分自身を自分自身として表現できるような場がなくなってきているんでしょうね。

だから変にストレスを抱えてしまうんじゃないかなと思いました。

その点湯治場という場所は湯治場という場所が生む居場所があって、リピーターのかたはそういうものを求めてくるんだろうなと思いました。

まさに風呂デューサーの使命!ですね!


もっといろいろと深い話だったのですが、本気で書き始めたら朝になりそうなのでやめときます笑