凛〜りん〜



消防職員協議会発足小説「凛〜りん〜」の第5話です。

その前の話をお読みでない方は、こちらからご覧ください。
第1話 「プロローグ」

第2話「最初の事件①」

第3話「最初の事件②」

第4話 「静かで、世界一優しい救助法」




「関係者は居るか?」

 けたたましいサイレンを止め、指揮車から降りてきたのは当時、課長職で指揮隊の最高責任者でもあった鈴森だった。

「現場中隊長!状況を報告しろ!」

 鈴森は大きな声で川端に言い放った。

川端のボイスコンタクトにより、静かにゆっくりと穏やかさを取り戻していた現場は一変した。

「課長、今、要救助者は落ち着きを取り戻したところです!ここは私に任せてください!今、彼女を刺激してしまうと非常に危険なのです!」

川端は今の状況を悪化させないために、必死で鈴森に説明した。

「よし、あとは俺に任せろ!消防隊は指揮隊の活動補助として、資機材の搬送を行え!現場には私が行く!」

川端の説明も虚しく、興奮した鈴森には思いが届かなかった。
鈴森はそう言うと、大きな声で各部隊に指示を出し、少女の両親の元へ駆け寄った。

鈴森の大きな声は深夜の住宅街に響き渡り、その一挙一動に少女は再び怯え始め、川端はそれを見過ごさなかった。

「お父さん、お母さん、これから娘さんを『私が』救助します。安心してください。私は過去にも同様のケースで救助に成功した経験がありますから。」

そう言うと、鈴森は二階へと上がり、要救助者の居る真下のベランダまで一気に駆け上がった。
 今さら救助隊長経験者でもある鈴森を止めることは、ましてや要救助者である少女の視界に入る前で、鈴森を力ずくで止めることは不可能に近い。

 消防という組織は、災害現場での指揮者の下命は絶対である。しかし、本来なら指揮者たる者は最前線では活動するものではなく、全体が見渡せる位置に指揮所を設営し、あらゆる事態に備えて的確な指揮を行うものである。

 数々の現場を経験した川端でなくても、その鈴森の異様な興奮は部下である隊員や後着の特別救助隊が見ても明らかであった。
 当然、要救助者の少女はいきなり近づいてくる鈴森に対し、明らかに嫌悪感を示し悲鳴を上げた。

 川端は最後に鈴森の元へ行き、現場の最高責任者である鈴森に対し、下位階級である自分が上位階級の鈴森に対し意見を進言し、何とか現場を収め鈴森を指揮所の位置まで下がらせたかった。
 少女の精神状態がいまだ不安定であること、そして、万が一の少女の落下に備える二次災害防止の措置がとれていない事を説明したが、鈴森は「俺はこの手の救助は経験があるから大丈夫だ。」との一点張りで、聞く耳を持たなかった。


 鈴森の突然の行動に、後から現着した特別救助隊は、急いで飛び降り防止用の安全マット、スーパーソフトランディングを搬送し設定しようとした。
 しかし、そのマットの搬送が完了する前に、鈴森は川端の制止を振り切り、少女のいる屋根下へと移動した。

 川端の脳裏には再び危険な警鐘が鳴り響いた。
 鈴森は少女の母親に用意させたお茶を少女に手渡そうと手を伸ばした。

「これでも飲んで落ち着きなさい!」
 
 荒々しく少女にお茶を突き出すと、少女は怯えながらそのお茶に手を伸ばした。
 次の瞬間、鈴森は逆の手でお茶に手を伸ばした少女の手首を掴み、強引に下に引きずり降ろそうとした。

「いやぁぁ!」

 少女は大きな声を上げ必至に抵抗した。
 次の瞬間、川端の目の前で信じられない光景が目に飛び込んできた。

 必死で抵抗する少女は、態勢を崩し、鈴森の強引に引っ張った力により、漆黒の闇に投げ出された。
 静まりかえる深夜の住宅街に「ドサっ」と鈍い音が鳴り響いて、一瞬だが沈黙の時が流れた。

続く…。